このストーリーはフィクションであり、登場人物名などは仮名(架空)であり、実在のものとは関係ありません。
■ 突然の恋愛相談
すっかり桜が散った4月の中旬、私の東京生活もあと3ヶ月ほどで終わる。システム開発が終わると同時に私の出向業務も終了となる。このまま東京に居続けることもできるのだが、もっと別の世界も見てみたいので会社との契約は続行しないことにした。出向先の会社には新入社員が入社して研修を受けているようで、見ていると何か初々しい感じもしていた。
私がいつものようにデスクで業務をしていると、後ろから声をかけられた。「ちょっといいですか?」声をかけてきたのは同じプロジェクトメンバーで私と同じように出向業務をしている河合敦史だった。河合敦史は私の一つ年下で、背丈は少し低めでキリっとした目に鼻筋が通っていて、どこかクールな表情をしているが、話をしてみると意外に内気な性格の男性だ。彼の仕事は私の業務のサポート役といったところで、今年に入ってから臨時でプロジェクトメンバーになった。私は振り向いて「どうしたの?」と聞いてみると「あの、相談があるんですがいいですか?」と言ってきた。ちょうど業務も一段落したところだったので、一緒に休憩室へ行って話を聞くことにした。
休憩室の椅子に座ると河合敦史が口を開いた。「実は、真弥ちゃんのことで相談があるんですよ」真弥ちゃんとは2ヶ月ほど前に私がある音楽アーティストのチャットのオフ会で知り合った二つ年下の葉月真弥のことで、映画鑑賞が趣味でかなり詳しい女の子だ。同じく河合敦史も映画鑑賞が趣味でかなり詳しかったので、私が場を設けて二人を出会わせたのだ。二人は出会ってから意気投合したようで、連絡先の交換をして、今ではお互いに連絡を取り合ったり、二人で映画を見に行ったりする仲になっていた。「真弥がどうしたの?」「なんというか・・・ときどき二人で会ったりしてるんですが、あと一歩が進まない感じなんですよ」「あと一歩ってどういうこと?」「二人でいていい雰囲気になるんですが、少し迫ってみると、いつもうまくかわされている感じがするんです」「迫ってみるって例えばどんなことしてるの?」「手に触れようとしたり、ちょっと寄り添ってみたり、そんな感じです」「なるほど。うまくかわされるって嫌がられてるってわけじゃないんだよね?」「嫌がってる素振りはないんですが、なんかそういう時に突然別の話をしてきたりするんです」「まあ、まだ付き合ってるわけじゃないんだよね?」「そうなんですが、一歩前進させてそろそろ告白したいって思っています」「うーん、真弥もちょっと内気なところあるから照れてるって感じかもしれないよ?」「説明が難しいんですけど、一線引かれてる感じというか、ここからは進ませないって感じがするんですよ」「一線引かれてるって感じか・・・そういう雰囲気になっても一歩前進できない、だからどうすれば前進できるかっていうことだね?」「そうなんです。告白したいんですが、こんな感じなので自信がなくて・・・」「つまり一歩前進して告白するための方法ってことだね?」「そうです。真弥ちゃんのことを知ってるのは、先輩しかいないので相談してるんです」「わかった。でも真弥が河合のことをどう思ってるかが問題だけど、それを直接俺が聞くのもまずいから、ちょっと考えてみるよ」「はい、よろしくお願いします」
河合敦史の相談内容を聞いた後、仕事が終わって帰宅してから考えてみた。河合敦史と葉月真弥は意気投合して、お互いに連絡を取り合ったり、二人でデートっぽいことまでする仲だが、一線引かれてる感じというのが気になる。二人のことは時々話を聞いていたが、相性も良さそうだし、うまくやっていけてるように思える。しかし、まだ二人は付き合っている仲ではないので、手を繋いでみたり、恋人同士のようなことをするのはまだ早いのかもしれない。そこで河合敦史は真弥との関係をあと一歩前進させて告白したいと思ってるが、いい雰囲気になったところで真弥が別の話をし出したりして、うまくかわしているといった感じか。おそらく真弥の中で何かこれ以上の関係にはなれない何かがあるのかもしれない。二人を出会わせたのは私なので、河合敦史の相談には協力したい。真弥と話をしてこれ以上進めない何かを聞き出すのも手だが、第三者が入り込んでしまうと、余計にややこしくなる可能性もある。この日、私はいい方法が全く思いつかずにいた。
■ 正反対の相談事
河合敦史の相談を受けて二日が経った。しかし私がどう考えてもいい方法が思い浮かばなかった。私は「河合君、いい方法がまだ浮かばないのでごめん」というしかなかった。その夜、会社から帰宅して部屋でごろごろしていると私の携帯電話が鳴った。なんと葉月真弥からだった。
「真弥です。おひさです」「おぉー久しぶり!突然どうしたの?」「あの、ちょっと相談があるんだけど、今大丈夫?」「大丈夫だよ。相談って何?」「敦史君のことなんだけど・・・その・・・あの・・・今のこのままの状態でいられないかなって思って・・・」「今のこのままの状態って?」「二人でいるといい雰囲気になるんだけど、なんていうか・・・敦史君に迫られるんだけど、それ以上の関係になるのは抵抗あるっていうか・・・」「それ以上の関係になるのは抵抗があるって何か理由があるの?」「アタシ、実はまだ前の彼氏のことが忘れられなくて、でも、敦史君といると楽しいのもあって・・・だからこのままがいいなって思ってる」「ちなみに聞きたいんだけど、河合は真弥にとってどんな関係なの?」「うーん、友達以上、恋人未満って感じかな・・・」「なるほど。真弥はその状態でいたいってことなんだね?」「うん。勝手なこと言ってるのはわかってるんだけど、こんな中途半端な気持ちで敦史君と付き合うとか無理かなって思ってる」「つまり、河合とこれ以上の関係にならず、今の状態のままでいたいからどうすればいいかってこと?」「うん。でも敦史君、いつ告白してくるかわからないし、そうなったら断るしかないし、でも断っちゃうと今の関係が終わってしまうのも嫌だし・・・だから困っちゃってね」「河合に告白させないようにしてほしいというわけか」「うん。敦史君を止めてほしいの」「うーん・・・告白を止めるか・・・難しいなあ」「お願いっ!お願いっ!敦史君をなんとか説得してほしいの」「説得か・・・真弥、これは難しい問題だからちょっと考えさせてほしい」「敦史君が告白する前になんとかお願い!」「わかった。とりあえず考えてみるよ」「あと、このことは敦史君に絶対内緒にしてね」「わかった。それは内緒にするよ」
真弥と電話を切った後、私は深く考えた。これは大変なことになってる。河合敦史は関係を前進させて告白したいと相談してきたが、真弥はそれとは逆にこれ以上の関係にはなりたくないから告白を阻止してくれという相談をしてきた。二人の相談事はまるで正反対だ。私は二人の板挟み状態になっている。どちらか一方の相談を聞いて方法を考え出したとしても、もう一方のほうを裏切ることになる。真弥はまだ前の彼氏に未練があるということは、河合敦史がその未練を断ち切れるほどの存在になればいいのだが、二人は出会ってから2ヶ月にもなるのでそう簡単にいきそうにない。河合敦史を説得して告白はしないように説得したとしても、真弥と二人でいると好きだという気持ちは大きくなっていくだろう。そのうち感情がたかまって告白してしまう可能性は十分にある。逆に真弥を説得するというのはどうだろうか?前の彼氏に未練があったとしても河合敦史と付き合えば、いつか未練を断ち切れる日が訪れると言ってみるのはどうか?しかし、さっきの電話の内容からして真弥がその説得に応じるのは難しいように思える。結局、この場合、どちらか一方の味方になり、もう一方の敵にならなければならない状況だ。
私は頭の中を整理してシュミレーションしてみた。もし真弥の相談事を聞いて、河合敦史に告白しないように説得したとしよう。そうなると今の関係をずっと続けていくことになるが、河合敦史の気持ちが大きくなって最後には感情的になって告白してしまう。しかし、結果は十中八九フラれてしまって、二人の関係は終わってしまう。逆に河合敦史の相談事を聞いて、あと一歩前進させる方法を考え出すとしたら、真弥の未練を断ち切らせることが先決になる。しかし真弥の相談事を河合敦史に伝えると、おそらく彼は未練を断ち切らせようとあらゆる手段に出そうだ。そうなると内緒だという約束を破ったことになり真弥からの信用は失う。それに河合敦史に未練を断ち切らせるのはやはり難しい。下手をすれば強硬手段を使ってまで関係を前進させようとするかもしれない。そうなると二人の関係は悪化して、最悪の場合、壊れてしまうだろう。どっちの相談事を聞いたとしても二人の関係が良くなる方向には進まない。どうしたものかと考えたが、いい方法が思いつかず頭が疲れてきた。
■ 関係崩壊
少しテレビを見て頭を空っぽにした私は再び二人の相談について考えた。どちらか一方の相談事を聞いて、もう一方の相談事は聞かないということは私には出来ない。ちょっとまて!私はどちらか一方の相談事を聞くということに捉われているのではないだろうか?二人が言ってることは理解できるし気持ちもわかる。正反対の相談事だが、何か二人の相談事を聞いて穏便に解決する方法はないのか?いや、二人の相談事を聞かないって手もある。二人の関係を進めたい河合敦史、二人の関係を維持したい真弥。共通するキーワードは”二人の関係”だ。それだったら、二人の関係を根底からぶっ壊してやれば、どちらの相談も聞かなかったのになる。どうせ、このまま二人の関係が続いても最悪の結末はいつか訪れる。それならば私のするべきことは二人の関係をぶっ壊すことだ。その後、どうなるかはわからないが、どうにもならなかったらそれまでだったと諦めるしかない。もちろん、私は悪者になってしまうが、この際仕方がない。それに大きな賭けになるがこの方法しかない!私は二人の相談事を穏便に解決させる方法を思いついた。
少し夜遅かったが、私は早速真弥に電話をした。「遅い時間にごめんね」「いいよ。どうしたの?」「河合とのことだけど、真弥は今までの関係でいたいって言ってたよね?」「うん。なにかいい方法思いついたの?」「河合の気持ちを考えると、今までの関係を維持していくっていうのは難しいと思う」「そうかもだけど、説得してくれれば・・・」「前の彼氏に未練があるけど、河合との関係も維持したいっていうのは、ちょっと虫が良すぎない?」「それはそうだけど・・・」「どうせ進展させる気がないなら、もう二人の関係に何の意味もないと思う」「何の意味もないって・・・そんな・・・」「河合のことを思うなら、もうお互いに連絡するのもやめて、二人で会うこともやめるべきじゃない?」「それは・・・でも、淋しい・・・」「河合は真弥の淋しさを癒すだけの存在なの?」「そうじゃないけど・・・でも・・・」「だったらこれ以上、二人の関係を維持することはやめるべきだと思う」真弥は少し沈黙していた。何かを考えてるようだ。「じゃあアタシがもう一切連絡も二人で会うこともやめようって敦史君に言えばいいの?」「河合には俺から言っておくよ。とにかくもう終わりにするべきだよ」「わかった・・・そうする・・・」これで真弥を説得することはできた。少々可哀そうな気もしたが、穏便に解決させるためにはこれしかないのだ。
次の日、私は河合敦史を休憩室に呼び出した。「河合君、突然なんだけど、もう真弥と連絡したり二人で会うのはやめたほうがいい」「え?どうしてですか?」「一歩前進できないってことは、もうそれ以上の関係にはなれないってことだと思うんだよ」「それを相談したんじゃないですか?どうして真弥ちゃんと連絡したり二人で会わないほうがいいってなるんですか?」「このまま関係を続けていっても無意味だと思うんだよ」「無意味って・・・あの、真弥ちゃんから何か聞いたんですか?」「そういうわけじゃないけど、無駄な努力になるからもう二人の関係は終わりにするべきだと思うよ」「そんな・・・俺、諦めたくないですよ」「でも無理なものは無理なんだよ!それは仕方ないことだよ」「それでも俺、諦めずにアプローチしますよ!」「真弥には俺のほうからもう河合君と連絡するのも二人で会うのも辞めろって言っておいたから、しつこくすると本当に嫌われるよ」「真弥ちゃんにそんなこと言ったんですか?先輩、酷いじゃないですか?」「真弥もそれで了承したから、河合君ももう諦めなよ」「諦めるって・・・俺の気持ちはどうなるんですか?そもそも真弥ちゃんを紹介してくれたのは先輩じゃないですか?」「でも二人の関係が発展しないんだから仕方ないんだよ。これ以上続けても河合君が苦しむだけなんだよ」「俺、本気ですから、簡単に諦めないですよ!」「さっきも言ったけど、それでも無理にしつこく連絡したりすると、嫌われるだけになるから、もうやめるべきだよ」「そんな・・・酷すぎますよ。もうわかりました!先輩には申し訳ありませんが、失望しました」「俺はなんと思われようがいいけど、仕方ないことなんだよ」「もういいですっ!」河合敦史は相当苛立っているようで、休憩室から出て行った。
私は自分が悪者になってしまったが、こうするより他になかった。河合敦史と真弥からはおそらく恨まれてると思う。しかし、今はそれを耐えるしかない。そして、その後、二人はお互いに連絡はしなくなったようだ。私は二人の関係をぶっ壊すことに見事成功した。二人の相談事を穏便に解決できるかわからないが、ここからが勝負なのだ。
■ わずかな光
それからというもの私に対する河合敦史の態度は冷たくなっていた。仕事の話をしても事務的で極力それ以外の話はしない。完全に嫌われているようだった。真弥の話をすることを避けて、気を遣って話をしてみても河合敦史はほとんど無口で相槌程度の反応しかしなかった。私は二人の関係をぶっ壊してしまったのでこうなっても仕方がなかった。今はしばらくそっとしておくしかないのだ。葉月真弥のことも心配だったので、電話をかけてみたが「今、取り込んでるからごめんなさい」と冷たい言い方をされてすぐに電話を切られてしまっていた。二人にとって関係をぶっ壊した私は完全に悪者になっている。
あれから一週間が過ぎたが状況は全く変わらなかった。二人とも私に冷たい態度をとる。なんとかしてあげたいと思うが、ここで何かのアクションを起こすと私が考えた方法が無駄になる。ここは待つしかない。私の忍耐力が必要なのだ。待って何も動かなければ、二人の関係は本当に終わってしまう。そうなったらそれまでだったと私も諦めるしかない。今のこの状態は河合敦史に申し訳ないが、我慢してもらうしかない。彼は真弥のことを諦めようとしているのか、まだ諦めてないのかわからない。本人に直接聞いてみればいいのだが、真弥の話はしないほうがいいだろう。真弥のほうは河合敦史と話をしなくなって淋しくなっているのだろう。私が連絡して慰めることも一つの手だが、冷たくされるし、それをしたら意味がない。真弥には自分で気づいて乗り越えてもらうしかないのだ。
さらに一週間が過ぎたある夜、私の携帯電話が鳴った。葉月真弥からだった。「真弥です、今ちょっといい?」少し暗い声だ。「今、大丈夫だけどどうしたの?」「あの・・・敦史君のことなんだけど・・・」「河合のこと?もう連絡してないんだよね?」「二週間くらい敦史君と連絡しなかったんだけど、アタシ・・・なんだろ・・・やっぱり淋しいの・・・」「でも真弥には前の彼氏への未練があるし、淋しいってだけで河合と話したいっていうのはどう思う?」「それだけなじゃないの。連絡しなくなってから気づいたことがあるの」「気づいたことって何?」「敦史君の存在ってアタシの中で大きいというか、必要な人というか・・・」「河合が必要な人ってどういう意味?」「アタシにとって敦史君は、一緒にいて楽しいだけじゃなくて、支えになってくれる人といえばいいのか・・・とにかく敦史君がアタシの側にいてほしいの」「そっか。それで前の彼氏の未練はどうするの?」「それも気づいてから考えたの。敦史君と一緒にいれば、未練を断ち切れるんじゃないかって思う」「つまり、河合が真弥の未練を断ち切れる存在になりえるってこと?」「うん。どうして今までそのことに気づけなかったのかなって・・・連絡しなくなってから気づくなんて遅いよね」「真弥、その言葉を俺はずっと待ってたよ」「待ってた?どういうこと?」「真弥にとって河合の存在が何であるか気づくってことだよ」「それならどうして連絡も二人で会うのもやめたほうがいいなんて言ったの?」「それには大きな理由があったんだよ」「大きな理由って?」「そのことは河合と三人で会った時に話すよ。真弥も今更、河合に連絡しにくいでしょ?」「アタシからはちょっと連絡しずらいね」「とりあえず三人で会おう。今週の金曜日の夜、予定は空いてる?」「特に予定はないから大丈夫だけど」「じゃあその時に全てを話すよ。真弥の未練のこと、もう河合に話してもいいよね?」「うん。もう敦史君には本当のこと言うつもりだからいいよ。」「じゃあ金曜日の夜に会おう!」「うん!」ついに私が待っていたことが動き出したのだ。
次の日、私に冷たい態度を続けていた河合敦史を休憩室に呼び出した。「何の用でしょうか?」「まあ、そうカリカリしないで!真弥のことなんだけどね」「真弥ちゃんのことですか?今更何の話があるんでしょう?」「今週の金曜日の夜、予定空いてる?」「予定は特にありませんが、何するんですか?」「俺と河合君と真弥の三人で話をしようと思ってるんだけどどう?」「三人で集まって何の話をするんですか?」「二人の関係を再構築させるって話だよ」「は?・・・関係を再構築って何ですか?」「三人で会ったときに全てを話すよ」「意味がよくわからないんですが、わかりました。真弥ちゃんと会えるのであれば行きますよ」「真弥にはもう伝えてあるから、金曜日にそこの駅前に集合ってことで、よろしく」「わかりました」
状況は動いた。二人の関係にわずかな光が見えてきた。あとは金曜日に三人にあって、私は全てのことを打ち明けて、二人の関係を再構築させることにする。
■ 関係の再構築
金曜日の夜、勤務時間が終わり、集合場所である最寄り駅に河合敦史と二人で向かった。勤務時間が私達より一時間早く終わる仕事をしていた葉月真弥は既に来ていた。そのまま駅近くにある安い居酒屋に入った。店内は少し賑やかだったが、話せないほどではない。注文したドリンクがきて、何かわからないが「お疲れ様です」といって乾杯をした。ドリンクを一口飲んだ後、私は早速本当のことを話はじめた。
「河合君、真弥、実は二人から正反対の相談を受けてた。関係を進展させたいという河合君の相談、そしてこのままの関係で維持したいという真弥の相談。つまりなんだ・・・告白したいという相談と告白してほしくないという相談だったわけだよ。二人の相談内容は正反対だった。俺は板挟み状態になったってわけよ。どちらか一方の相談を聞いて、もう一方のほうを裏切ることになる。俺にはそんなことできなかった。だから考えたんだよ。それだったら二人の相談を聞いて穏便に解決する方法がないかって考えた。それは二人の相談をとりあえず聞かないようにすることって決めた。河合君には言わないでって口止めされてたけど真弥には前の彼氏への未練があった。でも河合君は真弥に夢中だった。このまま二人の関係を続けていくと感情が高ぶった河合君はいつか告白してしまう。でもその状態で告白しても最悪の結末になってしまう。それだったら二人の関係を一度ぶっ壊そうって考えた。そうすれば状況は一旦落ち着く。二人が連絡しなくなれば離れることになる。そうすることで、お互いの存在を再確認できるんじゃないかと思った。つまり、距離を置くってことね。以前の二人の関係は距離が近くなりすぎていたんだよ。だからお互いに相手の存在がわからなくなっていたんだよ。河合君には辛い想いをさせてしまったけど待ってもらうしかなった。まあ、もうそのまま何の動きもなければ、それまでの関係だったんだと諦めるしかなかったんだけどね。これは俺にとって大きな賭けになった。そして先日、真弥から連絡がきた。河合君は自分にとって大きな存在であったと真弥は気づいた。そして河合君なら未練を断ち切ることができるんじゃないかって思ったと聞いた。だからこうして今日、三人で会って話をしようと思ったわけさ」
私の話を聞いた二人は驚いた顔をしていた。そして河合敦史が口を開いた。「そうだったんですね。それだったら事情を説明してくれればよかったじゃないですか?」「真弥に口止めされてたし、俺が事情を説明したとして、河合君はどう出る?必死になって未練を断ち切ろうと動くんじゃない?」「たしかに、俺のできることをやっていたと思います」「それだと意味がないんだよ。一旦、中途半端になっていた二人の関係をぶっ壊さないとね」「でもどうして二人の関係をぶっ壊した理由を話してくれなかったんですか?」「俺がその理由を話したら、離れたという認識がなくなるでしょ?それに河合君を試したってのもあるんだよ。真弥を諦めるかどうかね」「そういうことだったんですか・・・俺、真弥ちゃんのこと諦めたりしてないですよ」続いて真弥が話に入ってきた。「いきなり連絡も二人で会うのもやめろって言われた時、ちょっと変だとは思ったけど、そういう理由があったのね。なんだかハメられた気分」「こうするしかなかったんだよ。でもそのおかげで真弥は気づけたでしょ?」「離れてみて気づくことってあるのね。でももう気づいてからでは遅いってちょっと後悔してた」「だから今日、三人で会おうって言ったんだよ」
私は核心部分の話をはじめた。「河合君の相談は真弥との関係を前進させたいってことだったよね?」「はい」「真弥の相談は関係を維持するってことだったよね?」「うん」「二人の相談内容に共通していたのは”二人の関係”だったことに気が付いた。それを二つとも解決させる方法は一度、二人の関係をぶっ壊して、またそれを再構築させることだった」「河合君、これで真弥との関係は一歩前進できたでしょ?」「はい、できたと思います!」「あと真弥、以前の関係の維持ではないけど、これで河合君との関係を続けられるでしょ?」「うん!」「つまり、俺は正反対であった二人の相談を解決させたってことになるね」二人ともこくりと頷いた。私は「ここで二人の関係は再構築されたわけだから、これからはもっと仲良くするといいよ」と言った。河合敦史は申し訳なさそうな表情をして「先輩、俺、そんな理由があったなんて知らず、失礼な態度をしてしまって申し訳ありませんでした」と私に言った。私は優しく「いいよ。俺はしばらく悪者になることを覚悟してやったことだから」と言った。そして私は「真弥、未練があるのはわかるけど、もう前を向いて進んでいけるよね?」と聞いてみた。真弥は「うん!もう後ろは振り向かないようにする」と言った。二人は今まで以上の関係に発展したのだ。そう思っていると河合敦史が「あ、あの、関係が一歩前進したってことは、もう真弥ちゃんと付き合うってことでいいんですか?」と聞いてきた。私は「それは二人で決めることでしょ?俺はただ新たな二人の関係にするサポートをしただけだよ」と言った。それを聞いていた真弥は少し顔を赤くしながら「アタシは・・・付き合うってことでもいいよ」と呟いた。私は最後に「そういう話は俺のいないところでやってくれよ」と笑いながら言った。
その後、河合敦史は改めて告白して二人は付き合うことになった。今回は二人の関係を一度ぶっ壊して再構築させるという大胆な方法を実行してみたが、正直、私もかなり不安ではあった。私自身、恋愛において距離を置いて考えるというのはあまり好きでないのだ。距離を置くというのはある意味逃げになっていて、こういう時はまともな考えができないことを知っているからだ。しかし、今回の場合はこうするしかなかった。そして東京生活が終わって実家に帰った。ときどき、あの二人の関係は今どうなっているのだろうと思うことがある。