淋しい瞳の女の子

このストーリーは3つの実話を重ね合わせたもので、登場人物名などは仮名(架空)であり、実在のものとは関係ありません。

寒い冬が訪れようとする11月中旬、私は東京のある会社に出向していた。早く仕事を覚えることに必死だった私は毎日のように残業をして、終電で帰宅する日常になっていた。仕事を覚えるのは楽しかったので、そこまで辛いとは感じていなかったが、体はさすがに疲れているようだった。そんなある日、頑張っている私を見ていた上司が「たまには息抜きも必要だから、今夜は仕事を早く切り上げてキャバクラにでも行かないか」と誘ってきた。私の人生でキャバクラなど行ったこともなかったし、そもそもそんな場所に興味もなかった。しかし、せっかくの上司からのお誘いだったし、これも人生経験になるかと思ったので行くことにした。
上司に連れられてきたお店は会社から電車で30分ほどの駅から市街地を少し歩いたビルの8階だった。上司は受付など慣れている感じがしたので、何度かこのお店に来ているのだろう。店内は少し薄暗かったが、テレビや雑誌なんかでみる雰囲気そのものだった。上司と少し席を離れた席に座らされてドリンクをオーダーをした。少しするとドリンクと一緒に二人の女の子がやってきた。そして私と上司の隣の席に女の子が座った。



■ 出会いと一目惚れ
私の隣に座った女の子は「はじめまして」と挨拶してきた。私も同じように挨拶を返すとその女の子は私の出身地や仕事の内容など質問をしてきた。何気ない日常会話だったが、私に話をさせようと必死になっていることは伝わってきた。それも仕事なんだろうかと感じながらも、私は女の子の質問に対して適当な返答をしていた。私の心の中では(何が楽しいんだろう!?)と思っていた。世の中の男性はお酒を飲みながらこんな日常会話を女の子とするが楽しいのかという疑問でしかなかった。10分くらい話をした後、隣に座っていた女の子が「また今度よかったらお話しましょう」といって席から離れていった。5分くらい経つと別の女の子が私の隣の席に座ってきた。私はその女の子を見た瞬間、忘れていたトキメキという感情が走った。黒いドレスを着て、イヤリングやネックレスなどのアクセサリーを身に着けていたが、どことなく淋し気な雰囲気が漂う女の子だった。美人というわけでもないけど、キュートで淋し気のある大きな瞳、どことなくミステリアスな表情に惹かれていく。(なんだこの子は!?)。私は一目惚れしているとすぐにわかった。「はじめまして」の挨拶から会話がはじまる。お店での名前は「円香(まどか)」というらしい。最初に来た女の子と同じように私に話をさせようとしてくる。趣味や音楽の話など会話を盛り上げようとしていることはわかった。最初に話した女の子より私に話をさせるのが上手い。時に「すごい!」といって褒めてきたりもしたが、私はその手に引っかからない。それより私は自分の話より円香の話を聞いてみたいと思った。出身地の質問をされた時、私は即座に質問し返した。出身地の他にも、どうして東京に出てきたのか、趣味や好きな事は何なのか、逆に私が質問していく。会話が円香ペースになっているのを、私ペースに持っていった。つまり私が聴き手になった。すぐに10分は経過して、円香が去っていくことになった。私は最後に「よかったら名刺交換しない?」と言ってみた。円香は「いいよ」といいながら名刺交換することになった。短い時間で特に深い話はしなかったが、円香のことについて話が聴けてよかったと思った。その後、また別の女の子が隣の席に座ったが円香のことで頭がいっぱいの私は話をしていても上の空だった。結局、円香を含めた5人の女の子と話して店を出ることになった。キャバクラ自体は私にとってつまらない場所だったが、円香という人間に深く興味を持った。これが、今後、円香との恋愛バトルになるきっかけになるとは思いもしなかった。

■ 会話の雰囲気をぶっ壊す
円香からもらった名刺はお店のものであった。お店用の携帯電話のメールアドレスだと思われるものが記載されていて、裏面には「いつでもメールちょうだい」と手書きで書かれていた。そしてお店のシステムを調べてみると女の子を指名した場合は予約と指名料がかかるが90分間話ができるらしい。前回は上司に料金を支払ってもらったが、指名料込みで値段は少し高い。今度は一人であの店に行くか考えたが、円香のことをもっと深く知りたいという感情は大きかった。前回、円香と話してみてわかったのは、相手に話をさせるのが上手いこと、聞き上手で男性を立てたり褒めたりするタイミングもバッチリで慣れている。仕事柄、会話の主導権を相手に握らせて話題を盛り上げていくのだが、これだと完全に円香ペースにハマっていることになる。また一人であのお店に行って円香を指名するなら、それだけは避けなければならない。私は別に自分の話や日常会話をしたいわけではなく、円香の本音や内面的な部分、何気なく淋し気な裏側が知りたいのだ。私は少し考えた。だったら円香ペースの会話の雰囲気そのものをぶっ壊すしかない!それには普通の会話術では私は楽しまないということを思い知らせて困惑させる意図もあった。しかし、相手は会話のプロなので上手くできる自信は半々といったところだ。そして私はお店に電話して円香の指名で2日後に予約を入れた。
当日、私は仕事をさっさと切り上げて円香のお店に向かった。席に座ってドリンクを注文すると5分くらいして円香がやってきた。円香は私の隣の席に座り「また来てくれたんですね、ご指名ありがとうございます」と言ってドリンクを私の前に置いた。私は一口ドリンクを飲むと、円香は「今日はお仕事早く終わったんですね」と言ってきた。私はこくりとうなずいた。円香は仕事が終わった後、家で何をしているのか、休みの日は何をしているのかなど質問をしてきた。質問に答えた私は逆に円香に同じ質問をする。円香のペースで何気ない日常会話が続いていたが、この会話をぶっ壊すタイミングを待っていた。好きな音楽の話になった時、私はわざと円香も知らないようなマニアックなアーティストの話をはじめた。音楽の知識があった私はわざ難しい言葉を使いながら説明していくと、円香は話を聞きながらも何やらわからない表情になっていった。ここがタイミングだと思った私は「わからないよね、ごめんね」と言ってみた。すると円香は「音楽詳しいんですね」と誉め言葉にもなるようなことを言った。これだ!と思った私は逆に円香の趣味について質問して話を聞いていく。円香は映画鑑賞が好きらしく、好きな映画の話をし始めた。どんなストーリーだったのか、何がよかったのかなど、私は質問を続けていった。答えていく円香に内容を、私はわざと難しい言葉をつかって「つまりそのストーリーは・・・なんだね」とまとめてみた。そんな難しい言葉に「うーん、そんな感じかな」と円香は少し困惑した感じだった。もっと困惑させてぶっ壊してやる!と思った私はさらに質問を続けて受け答えていく円香。その内容を再び難しい言葉でまとめて話していく。困惑し続ける円香は話題を変えようとして「それより」と言って私に質問してきた。さすがはプロだが、私に対する質問の受け答えはわざとつまらなさそうに受け答えるようにした。それには褒めるところもなければ、次の質問に繋がらないようにした。同じ手段で今度は私が「それより」と言って円香に質問をし返す。そしてその内容に難しい言葉を使ってまとめる私。おそらく円香の中で私は難しい存在かミステリアスに見えているのかもしれない。それよりこの会話は盛り上がるどころか、ただ円香が困惑しているだけで誰の何の話かわからないといってもいい。完全に円香ペースの会話の雰囲気がぶっ壊すことに成功したと思った。そんなわけのわからない状態が続き90分が経った。帰り際にお店の前まで見送りしてくれた円香に「また来るよ」と私は言った。それを聞いた円香は一瞬「えっ!?」という表情をしたのを私は見逃さなかった。

■ 感情受容と共感
前回はわけのわからない会話で終わったが、ただ難しくミステリアスな存在というイメージで終わらせるわけにはいかない。次に私が考えたのは円香の過去に焦点をあてる会話をすることだった。円香が子供の頃や学生時代、何を考え感じていたのかに興味があったからだ。もちろん、私の過去についても話をするつもりだが、そういうお互いの感情を受容しあって共感するというのが狙いだ。これをしないと先に進めないというのもあった。これまでの円香の話題は現在のことばかりでお互いの考え方や感情が抜けていたのだ。次に予約したのは一週間後となった。当日、その日も私はさっさと仕事を切り上げてお店へ向かった。前回同様に席に座り注文したドリンクを持って円香がやってきた。少し不思議そうな表情をしていた円香は「また来てくれたんですね、ご指名ありがとうございます」と言って私の隣の席に座った。今度は私から会話を切り出した。「そういえば、俺って子供の頃から変な子って言われていて、家族や親類から変な目で見られていたんだけど、円香さんはどう思う?」と質問してみた。円香は「正直、少し変わった人だと思うけどそんなに変には思わないよ」と答えた。そして今度は逆に円香の子供の頃のことを質問してみた。円香は子供の頃からあまり人と話さなく根暗で友達も少なかったと答えた。私はそんな中、円香は周りの人達を見ていてどう思ったか、何を考えていたのかを質問してみた。円香は「みんな仲良くしているのはうらやましいって思うこともあったけど、輪の中に入るって苦手だし一人だったらそれでもいいかなって思っていたよ」と答えた。私は「俺も変な子って思われていて孤独に感じることもあったけど、別に人に理解されたいなんて思わなかった」と言ってみた。すると円香は「うんうん、その気持ちなんとなくわかる」と言った。そこで私は「俺は上辺だけの薄い関係なんて興味ないから」と言ってみた。この私の言葉で円香が何を感じるかわからない爆弾的な発言だったが、円香は「わかる!わかる!」と答えた。こういったお互いの過去の話題を続け、円香の感情を受容して共感していった。今の円香の淋し気な表情の裏側には子供の頃の孤独さがあるかもしれないが、今も何か裏側にありそうだ。それを聞くにはまだ早い。いきなり円香の本音をむき出しにすることはできない。その日はそれで会話が終了した。それからもう一度お店で円香と今回と同じような話をした。その日は90分が近づいてきて、私は最後に「円香さんって今も孤独さを感じるんだけど気のせいかな」と言ってみた。円香は苦笑いしながら「まあ色々あるんですよね」と答えた。私は「なるほど」と言って、それ以上のことは聞かなかったが、それが何であるのかに興味があった。帰り際、いつものようにお店の前まで見送りしてくれた円香に「今度は本音を聞いてみたい」と言って私は去って行った。

■ 本音と建前
円香とお互いの過去について感情や考え方の話をしたおかげで、ずいぶん打ち解けてきたと思う。次に考えたのは本音で話をさせることだった。しかし円香も仕事中なので本音むき出しにして話をするわけがないことはわかっているが、あまり建前だけで話されるとイライラするのもある。そこで私は自分がまず本音を言ってみようと思った。あともう一つ考えたことは、円香の心の中を的中させていくということだった。これは会話の中で「円香さんって~でしょう」というのではなく、ある音楽を聴かせてみる方法が思いついた。その音楽とはマイナーな女性アーティストで綺麗な歌声だが、孤独と絶望を表現された曲だった。私の推測が正しければこの曲を聴いた円香は何かしら感じるか共感するに違いない。早速、その曲のCDとコピーした歌詞を用意して、再びお店に予約を入れた。年末だったので仕事は忙しくなっていたが、予約日にはさっさと仕事を切り上げてお店に向かった。
いつものようにドリンクを持って円香が隣の席に座った。今日は本音を話す予定だが、最初は何気ない日常会話からはじめた。円香も私のことがわかってきたのか、あまり質問してこないし、誉め言葉も言ってこない。私はタイミングを見計らって本音を切り出した。直球で「実は俺、正直、お酒を飲みながら女の子と何気ない日常会話するなんて興味がないんだよ」と言ってみた。すると「なんとなくわかってた」と円香は答えた。そして「なんだかあなたと話をしていると、普通の会話が楽しそうに見えない」と円香は言った。私が最初にこの店に来た時、数人の女の子と話してみたけど楽しいなんて思わなかったと言ってみた。すると円香は「じゃあ、どうしてわたしを指名してお店に来るの?」と質問してきた。するどい質問に私は少し困惑したが「円香さんという人間に興味があるから」と答えた。円香は少し驚いた表情で「そうなんだ、だからわたしに話を聞いてくるのね」と言った。それから私は建前で話されると見破れるしイライラすることや、女の子に褒められても嬉しいと思わないこと、みんなが右を向いてるのに、自分は左を向くような人間であることなど本音をぶちまけて話していった。話を聞いていた円香は「やっぱりあなたは変わってる」と言ってきた。90分が近づき、私は最後にもう一つの目的である音楽CDを円香に渡して「これを一度聴いてみてほしい。何か感じたら教えてほしい」と言った。その日はそれでお店を去った。それから二日後の夕方、円香のほうから私の携帯にメールが送られてきた。それは
”こんにちは、円香です。先日いただいたCDを聴きました。正直、自分のことを言われてるような気がして涙が出ました。こんな曲があったんですね。今度またお話したいです”
という内容であった。まさに私の推測が的中したと思った瞬間だった。まさに円香の心の中はこの曲を歌う女性アーティストと同じような孤独と絶望感があると確信できた。メールの返事はあえてしなかった。

■ 淋しい瞳
今年度最後の日、私は再びお店に予約を入れていた。今回はどんな話をするか別に決めていなかったが、円香の心の中に少し触れてみようかと思った。お店に入ってドリンクをオーダーすると、少し悲し気な表情をした円香がやってきて隣の席に座った。円香の最初の言葉は「こんばんは、先日の曲ありがとう」だった。私は「先日渡した曲がイメージする円香さんの心の中なんだけど、どうだったかな?」と話を切り出した。円香は「あなたにどこまで見抜かれてるのかな?」と質問してきた。私はまだ円香の心の中を完全に見抜いているわけでもないけど、淋しさと孤独、何か絶望的なものを感じると説明してみた。円香は「そっか・・・」と一言だけで黙り込んでしまった。私は「このお店の中で話せる内容じゃないかもしれないけど、何かあるなら話してみてほしい」と言ってみた。すると円香は「ここではちょっと話せないかな」と少し涙目になっていた。この雰囲気はまずいと思った私は「まあ、話せる機会があったらでいいから」と言って話題を変えてみることにした。何気ない日常会話に戻ったのだが、円香は「そういえば音楽に詳しいけど、何か楽器とかしてる?」と質問してきた。私は以前にバンドをしていたことや、プロの作曲家を目指していたということを説明した。また円香が淋し気な表情になり「そっか・・・」とつぶやいた。私が音楽の話をしたことで表情が変わったのは何故なのか、この時はまだそれが理解できなかった。今日は気まずい雰囲気というより沈黙が多いように感じる。90分が近づいてきた時、円香は「名刺にのってた携帯電話の番号って会社用?」と質問してきた。私は出向という形だったので個人の携帯電話の番号を名刺に記載していたので「個人のだよ」と答えた。「そっか・・・」と小声で答える円香。なぜ携帯電話の番号のことを聞いてきたのか察しがついたが、おそらくこのお店では客とプライベートで話すことは禁止されているのだろう。私は一応「まあ、年末年始は暇なのでいつでも電話してきてくれていいよ」と伝えておいた。90分が経って私は店を去った。今日は沈黙が多く、円香は淋しそうな瞳をしていたが何か私に話したいことでもあるのかと感じた。
それから二日後の午後、見知らぬ番号から私の携帯に電話がかかってきた。電話にでてみると円香からだった。「もしもし円香です。本当はダメなんだけど、どうしても相談したいことがあって電話しました」と少し暗い感じだった。その電話の内容で円香の裏側にあるものを知ることになる。

■ 事情
円香からの電話の相談内容は今の彼氏との関係についてだった。二年前、美容専門学校を卒業した円香は美容室で働いていた。仕事は厳しく給料も安かったがそれなりに仕事は楽しかったようだ。半年くらい経ったある日、美容室の常連客から告白されて付き合うことになった。それが今の彼氏である。彼氏はプロのミュージシャンになるためフリーターを続けていたようだ。交際しはじめてから数か月経ったある日、その彼氏は音楽に専念したいという理由でバイトを辞めて家でもできるパソコン入力の内職を始めたらしい。しかし、内職程度では生活費も苦しくなった。円香は彼氏がプロのミュージシャンを目指すのなら力になるし応援するといって、最初は彼氏に貸すという形で生活費を世話していた。ところが円香の給料では彼氏の生活費まで完全に補えない。そこで円香は美容室を辞めて今のキャバクラで働くことになった。円香もそこそこ人気がでてきたようで、給料もそれなりにあがっていった。彼氏の生活費をなんとか補えるようになったのだが、彼氏のほうは楽器の機材購入やライブ代が必要だといって円香にお金を借してほしいという要求がエスカレートしていった。貸した金額も相当なものになっているだろう。彼氏は「デビューできたら必ずお金は返す」と言って、円香もその言葉を信じていた。次第に「お金を借してほしい」という言葉すらなくなり「10万円用意できる?」などと要求してくるようになった。円香は彼氏の要求通りにお金を渡していくのが当たり前のようになっていった。彼氏はオーディションに落ちたり、曲が思い浮かばなかったりすると機嫌が悪くなり、そんな日はかなりお酒を飲むようになっていった。心配で慰めようとする円香は酔っぱらって荒れている彼氏から暴力を受けるようになった。なかなかプロのミュージシャンになれなくてイライラし続ける彼氏は、毎晩のようにお酒を飲むようになった。それでも円香は慰めようとするのだが、酔っぱらった彼氏からの暴力を受け続けることになる。次第に彼氏との接点はお金を渡すことと暴力を受ける関係だけになっていった。そして三か月ほど前から気晴らしに遊んでくるといって、他の女の子と二人で遊びにいくことも増えてきたらしい。円香は気晴らしという言葉を信じて、彼氏が他の女の子と遊びに行くことを黙認していたらしい。それでも円香は彼氏がプロのミュージシャンになることを応援しているし、力になってあげたい、自分がいないと彼氏はダメなんだと電話越しに言い続けていた。しかし、円香は「本当にこんなことを続けていていいのか?どうしていけばいいのか?」というのが悩みの相談であった。この話を聞いた私は即座に”これは完全な依存症”だと確信したのだが、どう答えるべきか少し考えた。少し沈黙する私に「ハッキリ思ったこと言ってほしい」と円香は言った。ハッキリ言えば円香は傷つくかもしれないし、私は嫌われるかもしれない。しかし依存症であるなら下手にまわりくどいことを言ったり、ねぎらったりするのは逆効果ではないかと思った。私は円香に一目惚れをしたが、もう嫌われようが酷いと言われようがどう思われてもいいのでハッキリ言ってやろうと思った。

■ 厳しい現実
私は最初に「じゃあハッキリ言わせてもらうけど、その彼氏ってダサすぎる」と言った。円香は「ダサすぎるってどういうこと?」と質問してきた。私は少し固唾を呑んで「そんなダサイ生き方している奴は、何をやっても何を創ってもダサイってことだよ。でも、彼氏をダサくしていったのは円香さんだよ」と言った。黙り込んだ円香に「プロのミュージシャンになりたいのが彼氏の夢であるなら、苦労してでも、どん底に落ちても這い上がって自分の力で手に入れるべきじゃないかな?だからこそいい曲もできる。他人の力で楽して生みだせるほど、音楽の世界は甘くないと思う。俺もそんなダサイ人間が作った曲なんて聞きたいと思わない。それに、たとえ彼氏に音楽の才能があったとしても、円香さんのやってることは、ただダサイ人間にしているだけ、つまり邪魔者でしかないと思う」。ちょっと言い過ぎたかなと思ったが、こういうテンションになった私は止まらない。「邪魔者かぁ・・・」と泣きそうな声を出す円香。続けて私は「力になりたいだの、応援だのって言ってるけど、それは綺麗ごとで本当はただ彼氏との接点をなくしたくないだけじゃないかな?そもそも私がいないと彼氏はダメなんだって言ってるけど、本当は逆だと思う。彼氏がいないと円香さんが困るわけだから」。少しキツいと思いながらもさらに「とっくに気づいてるでしょ?本当は彼氏との関係が終わってること。お金を渡して、機嫌が悪いときに暴力を受ける関係が終わってしまうと彼氏との接点はなくなる。そうなると彼氏にとって円香さんの存在価値がなくなってしまう。そして見捨てられて孤独になってしまう。円香さんはそれを恐れてるだけにしか見えない。それでも彼氏のことが好きだからって言える?」と聞いてみた。円香は電話越しでも泣いているのがわかるような声で「そんな言い方酷い。でも間違ってないと思う。孤独になるのが怖いんだよ」と言った。私は「今の状態のほうがよっぽど孤独に感じてると思うよ。その彼氏はとても円香さんの心の中を理解できるように思えないし」と言ってみた。円香は泣きながら「たしかにそうかもね。わたし孤独にはトラウマがあるの」と答えた。円香は小学生の頃、ちょっとしたイジメにあって一人になったことがあると話した。そのことで孤独に耐えて辛かったトラウマが今でも脳裏に焼き付いてるらしい。私は少し説教じみた言い方で「たしかに孤独に耐えて辛かったと思う。でも人間って生き物は突き詰めるとみんな孤独なんだよ。9割の人はそれに気づいてない。だから上辺だけの関係なんかでいられる。でも俺はそんな上辺だけの関係なんて興味ないし、自分のことを理解してもらうことを諦めた人間だから、俺も孤独だと自覚してる。孤独は耐えると辛くなるけど、自分は孤独なんだと素直に受け入れて認めると諦めもつくと思う。その上で自分のやりたいことをして生きてるのが今の俺かな。だから上辺だけの友達なんかいらないけど、本当に自分の心と触れ合える人であれば大切にしようって思う。まあ、偉そうだけど円香さんの話くらいならいつでも聞くよ」と言った。さらに「孤独に恐れてこのまま彼氏中心の振り回された人生を送るか、これからは孤独を受け入れて自分のしたいことをして生きていくのか決めるのは円香さんだよ」と言った。円香は泣きながら「ありがとう。少し考えてみる」と答えた。私の言葉がどこまで円香に伝わったのかはわからないが、出来ることはやった。しかし、もうこんな話をしてあのお店にも行きにくいし、円香への気持ちは恋愛というより兄か父親になった気分だった。

■ 円香の未来
円香からの電話から二週間ちょっとが過ぎたある日、携帯電話にメールが届いた。知らないメールアドレスだったが、開いてみるとと円香からだった。その内容は彼氏と別れたということ、今月いっぱいでお店を辞めること、実家に帰って再就職するという内容だった。メールの文面の最後に「これからは自分のために生きていきます」と書いてあった。先日の電話で私の伝えたかったことがどこまで届いたかはわからなかったけど、円香に何かしらの刺激を与えたのは間違いないだろうと思った。一つ心残りなのは円香はこれからどうしていくのかだった。
それからさらに二週間後、再び円香から電話がかかってきた。お店を辞めたから実家に帰る前に私と会って話がしたいという。何の話がしたいのかわからなかったけど、とりあえず次の休日に会って話をすることにした。
当日、待ち合わせた場所に行くと、いつもお店で会っていた姿とはまるで違う姿の円香がいた。薄化粧で黒の可愛らしいワンピースにキュートな十字架のネックレスを身に着けた姿は本当に女の子という感じがして驚いた。いつもスーツ姿だった私も今日は黒のコートにジーンズとカジュアルな恰好をしていた。円香は「なんかいつもの雰囲気とちょっと違うね」と言ったので「円香さんもだよ」と答えた。そして近くのカフェに入った。
円香は「実家に帰っても話を聞いてくれる?」と話を切り出した。私は「もちろん」と答えた。そして円香は「前にさぁ・・・わたしという人間に興味があるって言ってたけど、それってどういう意味だったの?」と質問してきた。痛いところを突いてきた感じだったが「初めて会った時、淋し気でどことなくミステリアスに感じたから」と答えた。それを聞いた円香は「それだけ?」と言った。今更ながらだったが、私は正直に「一目惚れしたってことかな」と言った。それを聞いた円香は少し恥ずかし気に「今もその感情だったりする?」と質問してきた。今の私は円香に恋愛感情がないといえば嘘になるが、付き合いたいとは思わない。なぜなら、そんなことになれば円香は私に依存してくることがわかっていた。依存されることに不快はないが、それだと今度は私が円香をダメにしてしまうかもしれない。恋愛感情が全くないといえば嘘になるけど、とにかく付き合うことはできない。そう思った私は「今はほっとけない友達って感じかな」と答えた。円香は少し淋し気な表情で「そっか・・・」と言った。その後、何気ない会話が続いて時間が経った。私は別れ際に「円香さん、これからは自分のために生きていってね」と言った。すると円香は「うん!」と答えた。
私が円香に一目惚れはしたが恋していたのか、今になってはわからない。しかし、一緒に話した時間は決して無駄なことではなかったと思う。もし、これが燃え上がる恋愛感情だったとしても、私と円香が結ばれることはなかっただろうと思う。なぜなら私は孤独だから・・・