守ってやれなかった女

このストーリーは70%くらい実話ですが、登場人物名などは仮名(架空)であり、実在のものとは関係ありません。

■ みんなとの出会い
秋の紅葉の季節になり肌寒さを感じる。この時期になると紅葉をみるために、私は毎年のように京都見物に行く。その年も、恒例のように京都の嵐山へ紅葉見物に行った。その日は土曜日であったので渡月橋は紅葉見物客でいっぱいだったが、赤く染まった紅葉を眺めていて私の心は癒され和まされていた。



当時、私はある人生を語り合うというような、少し変わった感じのチャットサイトへ出入りしていた。そんな11月のある土曜日、そのチャットのオフ会を大阪で開催すると企画された。人生を語るチャットのオフ会にどんな人間が来るのだろうという私の好奇心は言うまでもない。参加することにした。場所は大阪の天満橋で開催された。参加人数は八人でそのうち二人は女性で関東のほうからわざわざ参加しにきた。私が待ち合わせ場所へ到着した時にはもう関東の女性二人を含む五人きていたのだが、あとの二人はまだ来ていなかった。待ち合わせ時間が10分ほど過ぎた頃、二人の参加者が男女が手を繋ぎながらやってきた。この二人、男は神戸に住む清水哲也という21歳の大学生、女は京都に住む上原早苗という19歳の専門学生であった。誰もがこの二人は恋人同士だと思ったことであろう。また他の参加者の年齢は皆20代の人達で当時28歳だった私が一番年上だったのだ。やはり20代というと人生を考える時期なのだろうか、私はこのオフ会の参加者はもう少し年齢層が高いと思っていたので少し驚いた。参加者が集まったところで予約していた居酒屋へ行った。居酒屋での席は私が一番端に座り、やはり哲也と早苗の席は隣同士であった。

■ オフ会
最初のうちはみんなで酒を飲みながら自己紹介やチャットの話題などで話が盛り上がっていた。2時間ほど経った時には席を移動して、みんなそれぞれ個別に話をするようになった。私はまず、東京に住んでいたこともあって、関東から来た二人の女性と東京生活の話をしていた。哲也と早苗はそれぞれ席を離れて、他の参加者と話していた。しばらくして、関東の女性二人との会話もとぎれ、私は席を移動した。その移動した席の隣に座っていたのが早苗だった。早苗とはチャットで何度か会話をしたことがあったが、実際に会って会話をしたのがこの時が初めてである。私は最初に早苗が意外と若かったことに驚いたことについて話した。チャット内で年齢など聞いていなかったのである。そして哲也と恋人同士だったことに驚いたと言うと、早苗は「哲也のことは好きだけど恋人同士ではない」と言った。手を繋ぎながら歩いてきたので恋人同士であると思ったが、どうやら哲也と付き合えない事情があるらしい。徐々に話を聞いてみるとどうやら哲也には付き合ってる彼女がいるようだ。そして、哲也は彼女との関係についての相談を早苗にしているようだ。早苗にとってそういう哲也の相談内容はとても辛いことなんだろう。早苗は自分の感情とは裏腹に哲也の相談に答えてしまうことすらあるという。私はとりあえず、それ以上のことは早苗に聞かなかった。早苗は私と話しているうちに暗い表情になってきたので、周りの雰囲気が悪くなると思ったからである。その後は哲也とも会話をしたが早苗と話したことは一切ふれずにいた。早苗は小柄でセミロング、美人というよりかは少し幼くキュートな感じで、普段の性格は明るくて元気いっぱいという感じであるが、精神的にはかなり弱い部分があると見えた。そしてその日のオフ会は終了した。解散となってからも哲也と早苗の二人は再び手を繋いで帰っていった。

■ 事情
その後、私と早苗は、チャット内で先日のオフ会の話の続きをするようになった。早苗から聞いた話で大凡の事情がわかった。哲也には恋人がいて、その恋人に別れようと言われているらしい。しかし哲也はその彼女のことがまだ好きで別れようとはしないのだが、その彼女のほうは他に好きな人がいるらしく破局寸前らしい。そこで知り合った早苗に哲也が恋愛相談をしていた。哲也の恋愛相談を何度も聞いているうちに早苗の気持ちはどんどん哲也に惹かれていったらしい。哲也は何度も自分の相談を聞いてもらっていたことも含めて、一度、実際に早苗に逢ってみたいということで神戸に誘った。当然、哲也に惹かれていた早苗としても実際に哲也と逢ってみたいという気持ちがあり、二人は逢うことになった。そして哲也は早苗に手を繋いで神戸の街を歩いてた。その日の帰り際に哲也は早苗にキスをしたということだそうだ。そういうことがあって以来、早苗は哲也の心は自分に傾いてきていると思った。ところが、哲也はやはり彼女のことが好きであると感じた早苗は深く悩んでいた。恋愛経験の少ない早苗にとって、神戸で逢った時の哲也の行動が何であったのか理解できず悩み苦しむ事になった。それでも早苗は哲也の恋愛相談をずっと聞いていて、さらに哲也が惹かれていったのだという。人の恋愛相談を聞いているうちにその相手に惹かれていくのはよくある話である。私もお互いの恋愛相談を聞いているうちに、お互いに相手の心の中や性格がわかってきて恋愛感情に発展した経験もある。恋愛相談というものは自分の本心や気持ちを素直に相手に話してしまうので、聞いている相手はその人の心の中や性格を見抜きやすいのかもしれない。

■ 真実
ある日、早苗は哲也と神戸で二人で会ったそうだ。まだその時、哲也は恋人と別れてもいないかったのだが、早苗の哲也に対する恋心は大きくなっていたのもあったので会うことにした。二人は手を繋いで歩き、何度かキスもしていたという。哲也の気持ちが付き合っている彼女にあるとわかっていたのだが、早苗は自分の気持ちがどうしても抑えられなかったようであった。そんな哲也との中途半端な関係が続くにつれて、早苗の悩みは増していくだけであった。そんなある日、私は偶然にもチャットで哲也と二人で話をする機会があった。それも深夜で誰もこない時間であった。そこで哲也は神戸で早苗と二人だけで会ったを話してきた。哲也に付き合ってる彼女がいることを私は知らぬふりをして話を聞いていたが、哲也は自分から他に付き合っている彼女がいると打ち明けてきた。そして、その彼女との関係が終わりそうだと話す。話を聞いていると哲也はやはり今の彼女に未練があるらしく別れたくないようだった。そこで私は手を繋いで一緒にオフ会に参加した早苗に対する気持ちを聞いてみた。すると哲也は「今の彼女に比べたら全然だけど、もし別れることになったら早苗でもいいと思っている」と答えたのだ。哲也はすでに早苗の気持ちはわかっているようだ。私は哲也の早苗に対する気持ちがその程度で、結局、哲也は今の彼女と続けられるのであれば、早苗と離れるつもりでいるのだろうと確信した。哲也にとって早苗はキープにしかすぎないのではないか。
少し話に間があいてから哲也はとんでもないことを言い出した。その内容とは、先日早苗と神戸で会った時、ホテルに行けるぐらいの雰囲気があったらしいが、金銭面とあとあと面倒な事になるのが嫌だったということだった。早苗は哲也が付き合ってる彼女を好きだという気持ちを知っているから、手を出されても文句は言えないなどと哲也は言う。そして次に早苗と二人で会った時は間違いなくホテルに行くかもしれないと話す。私はこれ以上、哲也と話をするのが嫌になってきた。哲也の本心がどこまで本気なのかわからないが、やっていることから察すれば早苗が哀れで仕方がない。私はそろそろ夜遅いから寝ると言うと、哲也はチャットの会話(ログ)を全て削除して落ちて(ログアウト)いった。

■ 葛藤
チャットから離れた私は考えた。完全に早苗は哲也に弄ばれている。哲也は今の彼女と別れることになったら早苗と付き合うことにすると計算している。もし、別れなければ、早苗と離れる気でいるのではないか。仮にも彼女と別れて、早苗と付き合うことになったとしても、哲也の気持ちは本気ではないし、他に好きな人が出来れば早苗を簡単に捨ててしまえる。哲也は早苗の気持ちを利用しているだけにすぎない。だからと言って今日の哲也との会話の内容を早苗には絶対に言えない。事実を知ってしまうということは、余計な悩みが増えるということなんだと改めて感じる。どうしたものか・・・!?
おそらく哲也は今の彼女と別れて早苗と付き合うことになるだろう。でも、それは一時的なものになるかもしれない。哲也の気持ちが本気でない以上、付き合ったとしても早苗は悩み苦しむことになる可能性がある。精神的に弱い早苗はそれに耐えられそうにない。それがわかっていながら早苗の恋を応援するなんてできるのだろうか。最後は悲しい結末になりえる恋愛関係を始めさせてもいいのだろうか。そうなるのであれば早苗を止めるべきじゃないのか。しかし、視点を変えてみれば、付き合うことになれば早苗は好きな人と一緒にいて楽しむことができる。たとえ最後に悲しんで悩み苦しむことになったとしても、早苗にとってそれは一つの経験になる。私はどっちを選ぶべきなんだろう。そもそも私が介入する問題ではないし、他人のことといえばそれまでだが早苗を放ってはおけない気持ちがある。しかし、私がこのどちらを選ぶかという審判を下す権利なんてない。私は神ではない。それを選ぶのは早苗自身でしかない。それならば、私の出来ることとは何なのか?それは応援することでもなければ止めることでもない。真実を伝えること!?そんなことをしても早苗は信じるかわからない。恋心という陶酔状態になっている人に何を言っても伝わらないことはわかっている。まして好きな人の悪口的なことを言うのは逆効果になる。あとは哲也の彼女に対する未練を断ち切らせて早苗が自分に振り向かせるという手があるが、自分のことで必死になっている陶酔状態の早苗にそれができるように思えない。そもそも人の心なんて簡単に動かせない。いろいろ考えられることはあるが、最後に決断を下すのは早苗自身である。それならば、それをサポートをするのがいいのではないか。つまり哲也の本当の気持ちを気づかせて、あとは早苗が自分でこれからを決めればいい。

■ 認識違い
私は次の日の夜、早苗に電話をかけてみた。「もしもし、いきなり電話してごめんね」「こんばんは、電話なんて珍しいね、どうしたの?」まず早苗が今の哲也との関係についてどう思っているのか聞いてみることにした。「突然だけど、哲也と早苗って付き合ってるわけじゃないんだよね?どういう関係なのかなって思って・・・」いきなりすぎたか!?「どういう関係って、なんだろう、今は友達以上恋人未満かな・・・でも、どうしてそんなこと聞くの?」「なんとなく気になってね」私は少し困惑しながらも「哲也って彼女に未練たらたらって感じがするんだけど、早苗はどう思う?」と聞いてみた。すると「まだ彼女のこと諦めきれないってわかってるんだけど、哲也は必死に忘れようとがんばってるみたいだから、ワタシはそれを手助けしてあげたいって思ってる」と早苗は答えた。前の哲也の会話からして必死に忘れようとしてるなんて思えない。それに手助けってどういうことなんだ?「今の哲也と早苗がやってることっていい事なのかな?」と質問してみた。「いい事とは思わないけど、正直、このまま哲也が彼女と別れてワタシと付き合うことにならないかなって心のどこかで思ってる。それはずるいかもしれないけど・・・」と早苗は言った。そのずるい気持ちはわからなくもない。否定はしない。しかし、問題は哲也にとって早苗という存在は何であるのかが問題だ。そう思った私は哲也の気持ちと早苗の存在価値についてを話の焦点にしていく。「哲也が彼女と別れて、未練を持ったままの状態で早苗と付き合うことになってもいいの?」と聞いてみた。すると「哲也の気持ちがゆっくりワタシに傾いてくれるんじゃないかって思う」と早苗は答えた。「それって哲也の気持ちを自分に振り向かせるってことだけど、早苗にそれをする自信はある?」「それはわからないけど、今の状態を続けて哲也の支えになってあげればって思うから、ワタシは待とうって思ってる」「なるほど、今って哲也は早苗のことをどう思ってるんだろう?」「どう思ってるかはわからないけど、気持ちがワタシに傾いてきてるんじゃないかなって思う。二人で会ったら、いろいろするし・・・」「つまり未練たらたらの気持ちもあるけど、早苗のことも好きになってきてるってこと?」「そうだね。まだ今の彼女への気持ちが大きいみたいだけどね」この話には矛盾がある。今の彼女に未練があって別れたくない哲也が早苗のことも好きになってきているわけがない。もしそうだったとしたら哲也は彼女と早苗のどちらを選ぶか悩むはず。それに”別れたら早苗でもいい”なんて言葉は使わない。しかし、早苗は哲也の気持ちに対して認識違いをしてしまっている。私は話を切り替えて「もし、哲也が彼女と別れなかったら、早苗をどうするつもりなんだろうね。それ考えてみたことある?」と問いかけてみた。早苗は「それも考えたことあるけどわからない。ワタシ、恋愛経験が少ないから、男の人の気持ちとかってよくわからない」と答えた。これ以上、早苗と話しても無駄だと思った私は最後に「まあ、簡単にはわからないと思うけど、そういうことも考えておいたほうがいいよ」「わかった。なんか話を聞いてくれてありがとう」という会話で電話を切った。哲也の気持ちや早苗の存在価値を気づかせることはできなかった。純粋で精神的に弱い早苗にそれをハッキリ言うことなんて私には出来なかった。早苗は世間知らずというより恋愛知らずなんだと感じていた。

■ 男性紹介
早苗に気づかせることができなかった私は哲也との関係を根底からぶっ壊すことはできないかと考えてみた。私が二人の間に割って入ることはできないが、それが出来るような人物がいれば少なからず今の状況に変化がでてくるはず。恋愛知らずで純粋な早苗に合う人物はいないか。ふと思い浮かんだ。少し前、居酒屋の飲み会で偶然に会った学生時代の後輩である長谷川準一である。現在、準一は一つ年下の21歳、京都で一人暮らしをしていてるのだが、仕事が忙しくて女の子との出会いがないと言っていた。準一は背丈が私と同じくらいだが、優しそうな目をしていてルックスも可愛らしいイケメン男子という感じだ。昔から女の子から人気もあった。告白されることもあったが、準一はルックスだけで選んでくる女の子に興味がなかった。しかし付き合った女の子も何人かいて恋愛には慣れている。純粋な女の子が好みだと聞いていたので、早苗だったらどうだろうと思った。早速、準一に電話をして哲也との関係については触れず、早苗のことを話してみると「是非紹介してほしい」とのことだった。次は早苗に電話をしてみた。いきなり男性を紹介するという言い方をすると断られそうなので、ここは上手く言わないといけない。「早苗って恋愛経験が少ないって言ってたのは男とあまり話すことって少ないんじゃないかな」「そうかも。ワタシ男友達ってほとんどいないし」「早苗と話が合いそうな人がいるんだけど、一度会ってみる気はない?ほら、他の男の人と話してみるのもどうかなって思うんだけど・・・」「うーん、どうしようかな」「早苗と同じ京都の人だし、会って話をしてみるだけでもどう?無理にとは言わないけど」「こっちまで来てくれるんだよね」「うん、俺も一緒に行くから」「それだったら会うだけあってみるよ」「俺の後輩なんだけど、電話の後、そいつの写メ送るね」「わかった」という会話で電話を切った。準一の写真をメールで送ると、再び早苗から電話がかかってきた。「ちょっと!この人モテるんじゃないの?ワタシなんかと会っていいの?」「別に何の問題もないよ」「ワタシ、可愛くないし、会うの怖いなぁ」「早苗って十分可愛いと思うし大丈夫だと思うよ。それにそいつ(準一)は外見で人を判断するような人じゃないから」「わかった。じゃあ今度の日曜日ね」といって電話を切った。
そして日曜日の午前10:00に京都の四条河原町で会うことになった。私と早苗は先に会って話をしていた。早苗は紹介というのが初めてのことらしく緊張している様子であった。そして準一がやってきた。3人で近くの喫茶店へ入った。準一と早苗は私の予想通り波長があっているようで会話が弾んでいた。2時間ほど話が続き、私は用事があったので「そろそろ解散しようか」と言ったのだが、準一も早苗ももう少し話を続けるということになり、私だけ途中で抜けることになった。準一と早苗はいい雰囲気でよかったと安心した。

■ 予想的中の結末
京都から自宅に戻り、その後、準一と早苗がどうなったのか気になっていた。その夜、早苗から電話がかかってきた。どうやら私が抜けた後、準一と映画を見に行ったらしい。早苗は「今日はとても楽しかった」「準一君を紹介してくれてありがとう」と言った。お互い連絡先を交換して今度は二人で会う約束までしたらしい。嬉しそうに話す早苗。どうやら準一と早苗は意気投合したようだった。その後、準一と早苗は毎晩電話をしたり、休日には二人でデートするような仲になっていった。準一も早苗もお互いに気に入っているようだった。これで私の思惑通りになったので安心していたのだが、それは一時的なもので終わってしまう予想外の出来事が起こった。
哲也は未練があった彼女とついに別れることになった。チャット内での会話でも、哲也がかなり落ち込んでいるのが伝わってくる。この落ち込み方だとおそらく彼女にフラれたに違いなかった。しかしある日、哲也は話があるといって早苗を神戸に呼んだ。そして「早苗を好きになったから彼女と別れた。だから付き合ってほしい」と告白したらしい。あの時の哲也の落ち込み方からして”早苗を好きになったから”というのは都合のいい言葉であるのはいうまでもない。早苗の気持ちとしては準一を気に入っていたのは事実だが、やはりまだ哲也のことが好きなのは変わっていなかった。早苗に断る理由もなく、哲也と早苗は付き合うことになってしまった。
早苗から電話がかかってきて話を聞いた私は何も言えなかった。先に準一には「ごめんなさい。好きな人と付き合うことになったからもう連絡するのは辞めよう」と伝えているという。準一のことについては私にも「ごめんなさい」と謝ってはいたが、まだ付き合ったわけでもなかったので「それは別に気にしなくていいよ」と答えておいた。「哲也はやっとワタシを選んでくれた」と嬉しそうに話す早苗。もうこうなってしまった以上、早苗に何を言っても無駄だと思った。たとえ、私の予想通り、早苗と哲也が最悪の結末を迎えたとしても、それは一つの経験になる。それで早苗が悩み苦しみ、悲しんだとしても、早苗が決めたことなのでどうすることもできない。私は何度もそう心の中で言い聞かせた。

哲也と早苗が付き合ってから2ヶ月後、哲也は別れた彼女とよりを戻すことになった。哲也は「前の彼女に未練があるから、もう付き合えない」と言って、早苗の短い恋愛物語は幕を閉じることになった。早苗はかなり落ち込んでいるようだったが、何も言ってあげられない。そのうち早苗はチャットにも来なくなった。彼女とよりを戻したことは哲也が直接私に話してきたことだったが、そのことを早苗は知らないようだ。いまさらそれを知っても悲しみが深くなるだけなので、あえて黙っていた。私の予想が早くも的中してしまったのだが、ただ「結局、早苗を守ってやることはできなかった」という思いだけが心残りだった。私はこのことを思い出すと「早苗がこの経験を生かして、今は幸せになっていることを願っている」と心の中で呟いてしまう。