人生最強の女

このストーリーはある女性をモデルとして別のシチュエーションに登場させたものです。50%くらい実話ですが、登場人物名などは仮名(架空)であり、実在のものとは関係ありません。

今回のストーリーは私がこれまで出会った女性の中で最も頭のキレる人生最強ともいうべき人物が登場する。

■ 似た者同士
30歳を過ぎた春、私はある中小企業に中途採用で社員となった。ソフトウェア開発の仕事で集中力は1時間ほどで切れてしまう。少し疲れた時、席を立ってタバコ休憩もかねて休憩室へ向かう。その休憩室でよく会っていたのが社長秘書をしている藍原夏美とカスタマーサポート主任の植山順子だった。二人とも私の一つ年下で、藍原夏美は黒髪にポニーテル、目が大きく、どこか鋭さを感じさせられるかなりの美人である。植山順子はショートヘアーですこしぽっちゃり系の普通の女性という感じだが主任という貫禄がある。私は休憩仲間という感じでその二人と話をすることがよくあった。


入社して2ヶ月ほどしたある日、いつものように休憩室に行くと藍原夏美が一人で座っていた。私は「お疲れ様です、今日は一人なんだ?」と声をかけると藍原夏美は「じゅんちゃん(植山順子の呼び名)は今日から研修で一週間ほどいないんだよ」と言った。二人きりなので少し緊張しながら沈黙を続けていると「ねえ、あなた、人のことすぐ見抜くタイプでしょ?」といきなり藍原夏美が声をかけてきた。私は「まあ、そういうところもあるかな」と答えた。「あなた口説き上手でしょ?」「そんなこと言われたことないよ」「そう?狙った獲物は必ずしとめるって感じするけど?」「なんでそう思うの?」「あなた、人の心の中に入っていくの、得意そうに見えるから。少し天狗になってる部分も見えるけどね」「そんなことないよ」私は藍原夏美の鋭い洞察力に少し動揺していた。そして藍原夏美は笑みを浮かべながら「本当かしら?今まで何人口説いてきたの?」と言った。「俺はそんなモテないよ」と答えると「モテるんじゃなくて口説き落すって意味なんだけど」「そんな、人聞きの悪い・・・」「そのくせ、孤独って感じがするわ」「それは確かに。人間だれしも孤独だし・・・」藍原夏美は人の心が読めるのか!?そして「アタシ達って似た者同士だって思うのよ」「似た者同士?」「アタシもね、こう見えていろんな男に言い寄られるんだけど、話してみるとその人が何を考えて求めてるのか、すぐわかっちゃうのよね。それにアタシも自分は孤独だって思ってるし」「そうなんだ」「ねえ、アタシを獲物にしてみない?」「はぁ?」何を言っているんだこの女は!?「あなたがアタシをどうやってしとめるか興味があるの」「俺が藍原さんをしとめてどうするの?」「その先のことなんて考えてないわ。ただそれまでの過程が楽しみなのよ」「藍原さんのこと別になんとも思ってないし、楽しみって言われても困るんだけど・・・」「とりあえず似た者同士ってことで仲良くやっていきましょ?」「それはわかったよ。仲良くはするけど俺は藍原さんに何もするつもりないよ」「あなたは必ずアタシをしとめようとしてくるはず」「だからそんなことしないって!」「いや必ずしてくるはず。楽しみにしてるわね」そう言って藍原夏美は休憩室から出ていった。何考えてるんだこの女は?私に対して挑戦しようってのか?私はバカバカしいと思いながら仕事に戻ったが、藍原夏美の鋭さに度肝を抜かれた気分でいた。

■ 打つ手なし
仕事帰りの電車の中で私は考えた。あの相当美人な藍原夏美に彼氏がいない理由がわかる気がした。あの人を見抜く鋭さからして、大抵の男は扱えないだろう。特に外見だけで判断して言い寄ったりすると十中八九フラれるのは間違いない。似た者同士といわれたけど、今まで出会ってきた人から私も同じように思われていたのか?と思う。ところで藍原夏美は私という人間に興味を持ってるのはわかるが、あの言い方だと恋愛したいというより、挑戦的な何かであるとしか思えない。それってバトル?ゲーム?ただの気まぐれ?どちらにしても相手するつもりはない。ただ、藍原夏美という人間に興味を抱いたので、彼女の心の中を覗いてみたいとは思う。しかし、もしかするとそんな私の好奇心までも藍原夏美は見抜いているのかもしれない。とりあえず、挑発には乗らず、もう少し話をすれば何かわかるだろう。
次の日、いつものように休憩室に行くと藍原夏美がいた。私はいつものように「お疲れ様です」と言うとにっこり微笑んだ。私は絶対に挑発に乗ってたまるか!ということを意識しながら椅子に座った。「どうしたの?難しい顔して・・・」「別に普通だよ」藍原夏美はクスクス笑いながら「アタシをデートに誘う方法でも考えてるのかしら?」と言ったので「そんなこと考えてないよ」と答えた。とりあえず藍原夏美のことを聞いてみようと思った私は「藍原さんってさ、悩んでることとかないの?」と質問してみた。「悩んでることかぁ。あるにはあるけど、アタシは楽観的だから、何事もなるようになるって感じかな。そこはあなたと逆かもね。あなたは深く考えて自己解決するタイプでしょ?」「確かにそうかもね」藍原夏美はニヤっとしながら「ふーん、なるほどね。そうやって悩み事を聞き出して相手の心の中に入っていくのね」と言った。「そこまで計算してないよ」と言い返した。しかしそれは半分嘘をついたことになる。藍原夏美の言う通り、確かに今まで悩み事や相談事を聞くことからはじめていくのが私のやり方だった。ところが藍原夏美はそれを見事に見抜いてるようだ。そして、そのやり方では通用しないことを告げられたようにも思えた。「次の手は何かしら?」「次の手も何も、何もするつもりないって」「どうして?」「藍原さんはすごい美人だし、いつもオシャレで何着ても似合ってるし、俺なんかが相手できる人じゃないよ」私は何気に褒め言葉を付け足したつもりだったのだが「すごい美人かぁ・・・あなたにとってアタシの存在ってそれだけ?」と言い返された。「そんなことはないけど・・・」と答えたが、やはり藍原夏美に誉め言葉なんて通用しなかった。「あなたがアタシを相手できるできないなんてどうでもいい話よ。あなたがアタシをどうやって”しとめていく”か、それだけが楽しみなのよ。じゃあよろしくね!」といって藍原夏美は休憩室を出ていった。
ここまでくると私のやり方、そして一般的な恋愛マニュアルなんて藍原夏美には通用しない。打つ手なしといったところだ。しかし、彼女は一体、私に何を望んでいるのだろうか?とても私に対して恋愛感情があるとはとても思えない。ただ興味本位で口説いてほしいと言ってるだけだろうか?今はわからないことだらけだ。私が本気で藍原夏美に恋していれば、必死に口説き方を考えるんだろうけど、そんな感情は持っていない。今はただ興味があって心の中を覗いてみたいだけなのだ。それにするにはどうすればいいのだろうか・・・そんなことを考えながら私は電車の中で途方に暮れていた。

■ 超覚醒
私は10代の頃、いくつかの恋愛をしてきた。あっけなくフラれたこと、恋愛関係で友達に裏切られたこと、今考えると顔から火がでるくらい恥ずかしいこと。精神的にどん底まで落ちていって、いろんな経験をして、いろんなことを学んできた。恋愛関係?好きって感情は何?そんなことを疑問に思って勉強しはじめた。恋愛心理、理論、哲学、自己分析。そして気づきもあった。そこから自分らしい恋愛のやり方を確立させていった。この子を口説くにはどうすればいいのかという方法を考えて実行していった。相手に心を開かせて、相手にとってなくてはならない存在となっていった。相手を精神的に追い込む手段まで使ってまで手に入れてきた。ただ、自分が”この子を攻略してみたい”という興味本位で振り向かせたこともあった。しかし今、そんなやり方では通用しないと言わんばかりに、私のやり方を根底から覆す人間が現れた。それが藍原夏美という存在。私はある言葉がずっと頭の中にあった。それは「天狗になってる」という言葉。私はもう一度、自分のやり方を改め直す必要があるのではないかと思った。私が今までやってきたことを思い出しながら、今はそれについてどう思うか何を感じるか考えてみた。自分は人の心を操れると錯覚していたのではないだろうか?今までのやり方で成功していることに自己満足していたのではないだろうか?神のごとく恋愛マスターにでもなっていると思い込んでいるのではないだろうか?そんなのはただの優越感にすぎない。私はそんな優越感に溺れていたんだ。それに気づいた私は、まるで目が覚めたかのような感覚になった。これが藍原夏美の言っていた私の中にある天狗の正体なのだ。こんなものはくだらないし、持っていても邪魔なので捨ててしまおう。そう悟った私は何かものすごく覚醒したかのように感じた。何かを超越したかのように・・・まさに超覚醒したのだ。そして私は新しい何かを獲得した気がした。
藍原夏美に人を見抜く力があるけど、私もそれと同じ力を持っているはず。あの鋭い洞察力も私と同レベルかそれ以上かもしれない。似た者同士というなら、もう下手な小細工はしない。本来の自分をさらけ出して対等に向き合ってやろう。獲物をしとめるとか口説くとかどうでもいい。ただ藍原夏美という存在と真剣に向き合うこと。真っ向からぶつかってやろう。それで本来の私という存在を彼女はどう感じるか?たとえ、くだらない人間と思われようが構わない。藍原夏美は確かに私のことを見抜いていた。しかし、それならば、どこかしら共感できる部分があるからじゃないのか?だったら、逆に私も藍原夏美の心を見抜いてやる!そう決心した私はプライベートで藍原夏美を誘ってみることにした。
次の日、休憩室に足を運ぶと、一人でいる藍原夏美がいた。いつも通りの挨拶をして話を切り出した。「藍原さん、フェアで話をしようよ」「フェアで話って何?」「ここだとあまり話ができないから、今度の休日にでも二人で会って話をしない?」「ずいぶん直球なお誘いね?」「勘違いしないでほしいけど、デートじゃないよ」「そうねぇ、どうしようかなぁ・・・わかったわ。今週の土曜日の午後、そこの駅で待ち合わせしましょうか?」「わかった」意外と簡単に藍原夏美を誘うことに成功した。

■ お互いの過去
待ち合せをした土曜日、私は早めに駅に着いた。今日はとりあえずお互いの過去についての話をするつもりだ。待ち合わせの時間になると藍原夏美がやってきた。「こんにちは、待たせたわね。今日のデートコースはどうなっているのかしら?」「いや、だからデートじゃないって!」「そうだったわね。それでどこに行くの?」「藍原さんお昼ご飯は食べた?」「まだ食べてないわよ」私と藍原夏美は近くにあるファミリーレストランに入って昼食をとることにした。昼食が終わるとお互いに食後のコーヒーを飲む。さて、そろそろ話しをはじめるか。「藍原さん、今日はお互いにどんな生き方をしてきたのか話をしたい」「それは子供の頃からの話かしら?」「どの時期からでもいいよ。俺から話していくよ」「あなたの過去の話ね。興味はあるわ」私は自分の子供時代の話をし始めた。
私は小学生の頃から好奇心旺盛でいろんな趣味を持っていた。でもそれは子供の趣味っぽいことじゃなかったこともあって、変な事をしていると言われた。口も達者でいわゆる生意気な子供といえばいいのか、クラスメイトや家族、大人にまで自分の考えをハッキリ言っていた。そのためか、周囲からは何を言ってるのかわからない変なやつ、大人からはただ理屈っぽい生意気な子供だと言われてきた。父親に意見をすると『生意気なこと言うな』と怒鳴られて暴力を受けることも度々あった。それでも私はみんなが右を向いてるのに、それは違うと思ったら左を向くようになった。次第に周囲からは変子とまで呼ばれた。私はどうして自分の趣味や考え方がわかってもらえないんだろうと悩んだ。私は心の中で独りぼっちだと思った。つまり自分は孤独だということ。中学生になった頃、私は自分の意見を周りの人に言わないようにした。言っても理解されないと思ったから。今度は周りから「何考えてるかわからないやつ」だと言われるようになった。私はいつの日か他人に理解してもらうことなんて諦めた。そしてグレていった。世間はバカばかりだと反発していた。でもギターという趣味をはじめだしてから変わっていった。フラれたけどずっと忘れられないくらい好きな人と出会った。その後、私は病気になり入院して高校を辞めたことや恋愛話など話していった。
私の話を聞いた藍原夏美は憐れむような表情で「そんな子供の頃から孤独に耐えてきたのね」と呟いた。私は「ただ、母親だけはいつも見守ってくれてたのが救いだった」と言った。そして「次は藍原さんの番だよ」と言った。
「アタシは中学二年生の頃、仲良くしてたクラスメイトが三人いたの。でも、どうしてアタシはこの三人と仲良くしているんだろうって疑問を持ち始めた。一緒にいて何気ない会話をしてたけど、これが友達なの?って思ったの。ある日、その中の一人の子が家庭の問題ですごく悩んでいたことがあったの。その子から詳しい事情を聞いたけど、人の家庭のことだし、アタシには何もできなかった。他の二人の子達は『元気出して!』とか言いながら励ましていたけど、結局そのくらいのことしかできなかった。アタシは自分の無力さに失望したわ。そして友達って軽いもののように感じたの。結局、表面上は仲良くしてても、本当に悩んでる人がいてもその程度のことしかできないんだと思ったわ。アタシはもっと親身になって話を聞いてあげればよかった、力になってあげればよかったと気づいて後悔したわ。それからのアタシは変わっていったの。三年生にあがってクラス替えになったけど、表面上で仲良くしていた子達はいたけど、信用してなかったわ。助け合いとか絆とか友情とか、そんなの綺麗ごとでしか思えなかった。本当はみんな自分が一番可愛くて、悩んでいる人がいても所詮は他人事なんだと。そのことに気づいたアタシは本当にわかりあえて助け合える人がいれば、それが本当の友達って呼べる人なんだろうって思った。でもアタシの周りにはそんな人はいなかったの。アタシもそう、さっきあなたが言ってた”独りぼっち”だと思ったわ。高校に入学してもアタシの望む友達はできなかった。アタシは心の中で孤独に耐え続けた。一人で部屋にいるとき、泣いちゃうこともあったわ。それとアタシはいつの間にか周りに流されないようになっていたの。周りのみんなが同じ意見でも、アタシは『それは違う』って思ったら反発してた。アタシは頑固なひねくれ者になってしまったのかと考えたこともあったわ。そんな反発する自分も孤独だって感じてた」
藍原夏美の話を聞いた私は共感できる部分が多かった。表面的な関係に気づいたこと、周りに流されず自分の考えを貫くこと。まるで私が過去に感じてきたことと似ている。「上辺だけの関係じゃなく本物の関係を求める気持ち、俺にもよくわかるよ」と私は言った。続いて「藍原さんの恋愛経験についてはどうなの?」と聞いてみた。
「アタシは高校一年生の時、告白されて付き合ったけど長くは続かなかったわ。アタシの気持ちが曖昧だったのが原因だったんだけど、相手はいろいろ要求して迫ってこられるのに耐えられなくなったの。その後も数人の男に告白されて付き合ってみたけど、みんな考えてることは同じ。結局、みんな心がつながってなくても、体さえつながれば満たされるんだろうって思ったわ。恋愛関係なんて薄っぺらいものなんだと思ったわ。でも社会にでて一人だけ本当に好きになった人ができたの。その人はアタシの中身を見てくれて、まるで心の中を大きく包んでくれるようだった。包容力って意味ね。ただ、その人には婚約者がいたの。アタシは後悔したくないと思って自分の想いを伝えた。その時、その人は『きっと僕よりふさわしい男性が現れるよ』と言ってくれたの。その後、アタシに言い寄ってくる男は何人かいたけど、みんな考えてることは同じだった。アタシはそんなの相手にしなかったのよ」
私は恋愛を含めて藍原夏美の求めているものが何かわかった気がした。それは本物と呼べる人なんだと・・・

■ エンパス
エンパスとは簡単にいえば感情や求めていることがわかってしまう能力のことで、私は物心ついた時からその能力を持っていたのではないかと思う。子供の頃から初めて会った人でも、表情や仕草、話し方を観察すると瞬時にわかってしまう。「この人、嘘いってる」、「この人とは合わないな」、「この人は凄いな」と感じ続けてきた。
お互いの過去について話したが、もう一つ確かめたいことがあった。藍原夏美にもエンパスという能力があるのではないかということ。二人で話した時に”人のことすぐ見抜くタイプ”と言われたのが気になっていたからだ。
私はまず「どうして俺が人のことをすぐ見抜くタイプだと思ったの?」と聞いてみた。すると「あなた、社内の人達と話してる時の態度が不自然なのよ。言い方悪いけど適当に合わせてるみたいな感じ」と藍原夏美は答えた。「そんな不自然な態度してるかなあ?」「本当のあなたじゃないって感じたのよ。なんか人によって扱いを使い分けてるみたいな・・・」そんなところを観察していたのかと驚いた。しかも鋭い洞察力だ。「他にも口説き上手とか孤独とか言ってたけど、なんでそう思ったの?」「孤独はあなたの雰囲気と目を見ればなんとなくわかるわよ。アタシも同じように孤独だし、同類がいるって匂いでわかるのよ」「そうなのか・・・」「口説き上手はあなたが人をすぐ見抜くことに関係するけど、見た目が普通なのに、社内の女性社員との話し方とか接し方がすごく慣れてる。もちろんアタシ達と初めて話した時もそう感じたわ。それらのことを考えれば、あなたは人のことを見抜ぬく力があって、その相手の心の中に入って口説いていってたんじゃないかって推測できたのよ」「なるほど・・・でもなんでそこまで俺のこと見てたの?」「さっきも言ったけどアタシははじめてあなたに会った時からこちら側の人間じゃないかって匂いで感じてたのよ」「こちら側ってどういうこと?」「凡人じゃないってところかしら」確かに変子とまで言われてきた私は凡人とは言えないだろう。それにしてもこの女はどこまで頭がキレるんだ!?「もう一つ、いろんな男に言い寄られるけど、話してみるとすぐわかるっていうのはなぜ?」「それはあなたにもわかるんじゃない?話してるときの表情や仕草を見ていると、カッコつけてるとか、嘘いってるとかわかっちゃうのよ。アタシは常に相手の言葉一つ一つに『なぜ?』『どうして?』と疑問を持ちながら話してるの。だから話のつじつまが合わなかったりすると違和感を感じるのよ」「そういう風に人のことを見るようになったのはいつ頃から?」「さっきの友達の話でアタシが人を信用しなくなってからかな。話しかけてくる人を観察していって、いつの間にかわかるようになってたのよ」
私の場合、先天的にエンパスの能力を持っていたのかもしれないが、藍原夏美は後天的なもので、自ら身につけていったのか。おそらくこの鋭さも洞察力を鍛え上げられたものなんだろう。
話も終わったので店を出ることにした。別れ際に「今日は参考になったかしら?」「何の参考?」「アタシをしとめる参考に決まってるじゃない」まだ言ってるのかこの女は!「別にそんなこと考えてないよ。じっくり話がしてみたかっただけだから」「ふふ、でもそれってアタシに興味があるってことよね?」「そこは否定しないけど・・・」というやりとりをして私は電車に乗った。
今日、話をして色々なことがわかったが、藍原夏美という存在は私の女バージョンのように感じる。似た者同士というのも納得がいく。しかし、こんな強者を相手に口説けるやつなんているのか?もし、私がそれしなければならない状態になったら、どんなアクションを起こすんだろう。いや、挑発に乗ったらダメだ。相手にしちゃダメだ。しかし、私の心の中で藍原夏美という存在がどんどん大きくなっている気がした。

■ 決意
藍原夏美と二人で会って、月曜日が訪れた。私はいつものように会社に出勤して休憩室へ行くと、研修から帰ってきた植山順子と藍原夏美がいた。この二人は会社内でも大の仲良しで、休憩室ではいつも一緒にいる。藍原夏美と二人でいるときのような話なんてできない。何気ない日常会話をして休憩室を出る。そんな毎日が続く中、私は藍原夏美のことばかり考えていた。電車の中でも家に帰っても頭の中は藍原夏美でいっぱいになっていた。それは恋愛感情ではない。ただ、何か好奇心が掻き立てられている。あの強者にどう立ち向かうか。いや強敵になっているのかもしれない。手に入らないものを手に入れたくなる衝動。それは難しければ難しいほど私の中で燃え上がる。相手が強者であれば尚のこと・・・これは、私のいつもの悪い癖だ。その感情が大きくなってきて”手に入れたい”という衝動に歯止めがきかなくなってきている。このままだと「アタシをしとめたくなる」と言う藍原夏美の思う壺だ。その挑発に乗ってしまう。いや、勝てばいいのだ。でも、勝つとはどういうことだ?藍原夏美を口説ければ、それは勝ちになるのか?頭の中で自分に問いかける。ようするに、今、私は藍原夏美を攻略したいんだ。見事に口説き落としてみたいんだ。完全にそのモードに入っている。それを素直に認めるしかない。こうなってしまったらもうこの感情を制御することはできない。とりあえず落ち着こう。私は冷静になって頭の中を整理してみた。
まず、私が攻略したいと思っている相手は、今まで出会ってきた女性の中で最も最強ともいうべき頭のキレる強者だ。今までのやり方をしても下手な小細工してもすぐ見抜かれてしまう。一般的な恋愛テクニックなんかで口説けるほど簡単な器ではない存在。ただ、一つわかっているのは本物と呼べる人物を求めているということ。しかしそれは彼女の弱点とは言えないが・・・自分が”その本物”という存在になればいいのか?でもその強者の心の中に入っていくにはどうすればいいのか・・・いや、ちょっと待て!心の中に入るということに捉われてしまっているんじゃないか?それがそもそもの間違いではないのか?そんなことを考えながら思い返してみた。先日、二人で会って話した時はお互いの過去について話した。いろいろ共感することができた。あの時、お互いに心を開いて話をしていたのではないか。それなら心の中に入っていく必要なんかない。ただ、まだそれには足らないものがある。それは現在のお互いのことを心と心で話をする。お互いの価値観をぶつけ合ってみればどうか。お互い心を触れ合いながら共感することができれば”本物という存在”になりえる可能性はある。いや、もしかして既に藍原夏美の中で私はその”本物の存在”になりつつあるのかもしれない。ただ、今の段階ではそれは早すぎるだけで、相手もこちらを伺っているのかもしれない。どちらにしてももう一度、二人で話をする必要がある。今までのやり方では相談事や悩み事を聞くというキッカケにしていたが、今回は対等に心を開いて話せばいい。今度の話題はお互いの考え方や価値観を中心に話をしてどれだけ共感できるか試してみよう。対等な立場でお互いの価値観を話して共感しあうこと。これこそが攻略の一つになるかもしれない。
あとは藍原夏美をしとめるにはトドメを刺す必要がある。しかし、どうやってトドメを刺すかが問題だ。相手は今までにみない強者なのだ。まわりくどい言い回しなどしてもすぐ見抜かれるだけで、下手をすれば屈辱を味わうことになる。だからといってストレートに「好きです」と告白するのも味気がなく何かが足りていない。何か良い方法はないか?考えを巡らせてみるが、何も思いつかない。考えれば考えるほど答えが出てこない気がしてきた。少し考えすぎて頭が疲れてきた時、私はある言葉を思い出した。それは藍原夏美が「楽観的」と言ってこと「私は深く考える」と言ってたこと。私はこのことに関して深く難しく考えすぎてしまっているのではないだろうか。相手が楽観的であれば、この答えは楽観的なものでいいのではないだろうか。つまりそれはシンプルでいいのだ。シンプルに相手に強く想いを伝えることができればいい。しかしどうやって?シンプルな方法を考えてみる。頭はキレるとはいえ藍原夏美も女性だ。その女心を揺さぶることができればそれがトドメになるのではないか。シンプルに女心を揺さぶる方法・・・これだ!これしかない!私は確実にトドメを刺す方法を思いついた。しかし、その方法を実行してしまうとその後はどうなるかわからない。失敗すれば全てが終わってしまう。しかし、もうこの方法以外に考えられない!考えがまとまったところで、私はこれから藍原夏美という強者と一戦交える決意をした。
まずやるべきことはもう一度、二人で話をすることだ。

■ 宣戦布告
決意した私は早速、会社内で使われているメッセンジャーを使って藍原夏美にメッセージを送った。内容は『もう一度二人で話がしたいので次の休日は空いてないか?』すると『土曜日は出勤なので日曜日の午後ならいいよ』と返ってきた。
日曜日の午後、前回同様に駅で待ち合わせとなった。早めに着いた私は待っていると藍原夏美がやってきた。「こんにちは、今日はデートになるのかしら?」「いや、前と同じだよ。ただもう少し話がしたかったから」と話しながらファミリーレストランに入った。今回も昼食を終え、食後のコーヒーを飲みながら私が話を切り出した。「今日はお互いの考えや価値観とかそういう話をしてみたいと思うんだけど・・・」「ずいぶんと真面目な話なのね。哲学でも語り合おうってことかしら?」「いや、そんな難しい話じゃなくて、世間ってどう思う?とかそういう感じかな」「なるほどね。価値観といえばさ、アタシが社会人になった時の話になるんだけど・・・」「続けて!」「社会に出た時、思い知らされたことがあるのよ」「それって?」「アタシの価値観なんて社会で通用しないってことかしら。あの時は大きな壁があって、そこに行き詰ってしまって悩んだのよ」「そうなんだ。それでどうしたの?」「アタシは一度リセットしたといえばいいのかな」「その時の価値観をぶっ壊して捨ててしまった・・・そういう感じかな?」「そう、それよ、それ。それでアタシはいろんなものが見えるようになった」「俺もプライドやくだらない意地を捨てて、何度も自分の価値観ぶっ壊してきたから、いろんなものが見えるようになるってわかるよ。でもいろんなものが見えるようになったってことは、知らなくていいことまで知ってしまわなかった?」「そう、そうなのよ!知らなかったほうがよかったって思うことがたくさんあったのよ」「生みの苦しみってやつだよね。俺は人間の汚い部分とかずるいところとかそういうのが見えて、一時期人間が嫌いになったよ」「アタシも人間嫌いって思ってた時期があったよ」「そうなんだ、今はどう?」「今は無関心になったというか、言い方悪いけどバカはまともに相手しないって感じかしらね」「まあ、世の中バカなやつだらけって感じもするけどね。会社の人間はどう思う?」「うちの会社ってさ、仕事柄かもしれないけど機械人間って感じの人多いと思わない?」「確かに!俺の部署なんか特に多いよ。感情がないというか、全てがシステム化された感じなんだよね」「そうなのよ。だからアタシは業務的な話し方しかできないのよ」
その後、お互いの考え方や自分たちの思うことを話し続けた。今回もかなりお互いに共感できた部分はあったと思う。そして店を出た。駅まで歩く途中、藍原夏美は「今日は話をして何か参考になったのかしら?」と聞いてきた。私は”本物という存在”になれたのかわからなかったが、できることはやったつもりだ。「まあ、参考になったといえばなったかも」と答えた。すると「あら、前と言ってることが違うじゃない。本気でアタシをしとめる気になったのかしら?」と藍原夏美は笑みを浮かべながら言った。「あ、あの・・・藍原さんをしとめるのに一つ条件がある」「条件?何かしら?」「俺がどんな方法を使っても、後で文句を言わないってのが条件かな」「方法にもよるけど乱暴なことをするのはなしよ」「じゃあそれを約束に、しとめてやるよ!」「ふふふ・・・随分、自信満々じゃない?その顔だと何かいい方法でも思いついたようね。どんな方法かしら?」「敵に作戦を言うわけにはいかないよ」「敵・・・ね・・・アタシは獲物だから敵ってわけね。いいわ、どんな方法を使ってくるのか楽しみに待ってるわ」私は藍原夏美に「絶対にしとめてやる」と宣戦布告した。さて、この最強ともいうべき強者にトドメを刺すことはできるのか!?不安でいっぱいだが、もうやることはただ一つなのだ。帰りの電車の中でそんなことを考えながら覚悟を決めた。

■ 強者射る
先日、藍原夏美と二人で会ってから3日目。私はトドメを刺すタイミングをうかがっていたのだが、休憩室にはいつも藍原夏美と植山順子の二人セットでいる。二人きりでないとこの方法は実行できないし、他の誰かが休憩室にいても実行できない。あくまで二人きりになるチャンスを狙っていた。私は共有ファイルを開いてこっそりカスタマーサポートの予定表を見ていた。木曜日、つまり明日は植山順子が出張になっていた。明日が狙い時だ。しかし実行中に誰かが入ってくる可能性は十分にある。業務中に実行は避けるべきと考えた私は、明日がノー残業デーであることに気づいた。狙うなら勤務時間終了後の休憩室しかない。
次の日、私はいつものように出勤して休憩室に入ると、藍原夏美がいた。二人きりの状態だが今はまずい。「お疲れ様です!藍原さん、今日はノー残業デーだけど、勤務が終わってから、ちょっとここに来てもらっていいかな?」「なにか話でもあるの?」「うん、ちょっと話したいことがあるんだよ」「ふーん、アタシをしとめる実行開始ってところかしら?」「まあ、それは秘密だよ。そんなに時間はとらせないから」「わかったわ」これで準備は整った。あとは実行あるのみ。しかしトドメを刺すことができるかという不安もあったが、その後どうなるかのほうが不安になっていた。しかし決心は変わらない。ここまできたら実行するしかないのだ。
17時に勤務時間終了となり社員達が帰っていく。私は少しの間、自分の席に座りながら、社員がいなくなるのを待っていた。数名の会社役員は残っていたのだが、ここの役員が休憩室に入ってくるのを見たことがない。だから大丈夫だ。私はシーンっとなった社内を確認して休憩室に入った。まだ藍原夏美は来ていない。おそらく社長室で片付けでもしているのだろう。5分ほど待っていると休憩室の扉が開き、藍原夏美が入ってきた。「お待たせ。それで話って何?」といって椅子に座った。私は心臓が破裂しそうなくらいドキドキしていた。今から実行することは私の人生初のこと。落ち着け、冷静になれと心の中で呟きながら話を切り出す。「藍原さんをしとめるって話だけど・・・」一瞬言葉に詰まった。「その話なのね。それで?」と落ち着いた表情で聞いてくる藍原夏美。私は軽く深呼吸をして心を落ち着かせながら「その方法はいたってシンプルだよ」と言った。すると「シンプルな方法ね。それでどうするつもりなの?」私は座っている藍原夏美の目の前まで行った。「ちょっと何?」と言われた瞬間、私は「藍原さん、好きです」と告白して、そのまましゃがみこんで藍原夏美の頬を両手でそっと押さえてキスをした。2秒か3秒か・・・唇と唇が重なり合っていた。ついに実行してしまった。この後どうなるのか?もうどうなったっていい!これが成功なのか失敗なのかわからないけど、こうするしかなかったのだ。そっと顔を離していくと少し赤い顔をした藍原夏美の姿が目の前にあった。少し沈黙が続いた。少しなのにその時は長く感じた。「これは・・・ルール違反だよ・・」と小さな声で呟く藍原夏美。ルール違反!?この一戦にルールなんて設定した覚えはない。
私はそっと向かいの椅子に座り「文句を言わないって条件だったよね」と言った。藍原夏美はこくりと頷いた。また沈黙が続く。やはり短いようで長く感じる。そして「文句を言うつもりはないけど、ちょっと強引な方法だったし意表を突かれたって感じよ」と藍原夏美が言った。私は「藍原さんをしとめるにはこの方法しかなかったんだよ」と言った。まるで体の力が抜けたようになった藍原夏美は恥ずかし気に「あなたにはしてやられたわ」と呟いた。成功した!ついに人生最強ともいうべき藍原夏美を見事にしとめることができた瞬間だった。「一つ聞いてもいいかしら?どうやってこの方法を思いついたの?」この質問に対して私はこの実行に至るまでの経緯を話していく。そしてこれからの関係についても話すことになる。

■ 強者との結末
私は実行までの経緯を説明していった。
「藍原さんが最初に『獲物にしてみない?』と言った時から俺に興味があるんだと思ってた。俺も藍原さんに興味を持ったし話してみたいって思ったから二人で会って話した。でもその時はまだ”しとめよう”なんて思わなかった。逆に挑発に乗らないでおこうって思ってた。でも藍原さんのことばかり考えるようになってきた。藍原さんは”しとめてみろ”といわんばかりに挑発してきた。俺はだんだん藍原さんを攻略したくなってきた。それは俺の好奇心だけど、難しい相手であればあるほどその欲求に歯止めがかからなくなった。藍原さんの挑発にまんまと乗ってしまった。しかし、藍原さんの鋭い洞察力と頭のキレは半端じゃなかった。普通の恋愛テクニックや、今までのやり方では通用しないと思った。だから考えた。下手な小細工は抜きにして真っ向から対等に話してみようと思った。これが二回目に二人で会った時のことだけど・・・それと最後の仕上げとしてあとは藍原さんをどうやって”しとめる”かだった。しとめるにはトドメを刺す必要があった。それをどうすればいいかいろいろ考えた。でも、考えれば考えるほど答えはでなかった。その時、ふと藍原さんが言ってた『楽観的』という言葉を思い出した。俺は深く考えすぎていることに気がついた。藍原さんが楽観的であるなら、トドメを刺す方法はシンプルな方法がいいと思った。シンプルに自分の想いを強く伝える方法について考えた。それには藍原さんの女心を揺さぶる必要もあると思った。そしてこの方法を思いついた。俺は自分の感情を心と体でぶつけてみる方法を思いついた。それはある意味賭けになったんだけどね。そしてさっきそれを実行したというわけだよ」長い話を聞いていた藍原夏美は「なるほどね」と呟いた。「それでだけど・・・その想いは藍原さんにちゃんと伝わったのかな?」「すごく伝わったわ。それに見事な方法を思いついたわね」「しかし、これほど恋愛についてさんざん考えさせて悩ませた藍原夏美という人間は、俺にとって人生最大の強者だったよ」「人生最大の強者か・・・それって誉め言葉になってるの?」「なってるよ」少し間があいて「それで、今後どうしていくかなんだけど・・・」と話を切り出した。「そうね、あなたはどうしていきたいと思ってるの?」「俺らはさ、恋人というより大親友って感じのほうがいいと思う。同じ会社内ってのもあるけど、ぶつかり合うようなことになったら、お互いを壊していくと思うんだよ」「そうね。アタシもそう思うわ。それにあなたと付き合うってなんか違う気もするしね」
これで話は終わった。藍原夏美という強者との戦いで、私は多くの事を学び成長できたと思う。今こうして超覚醒した私がいるのは藍原夏美のおかげといってもいいだろう。藍原夏美に恋愛感情がなかったといえば嘘になるが、大親友という形になったことに私は大満足だ。それは私を信用してくれているという証になるから・・・
「ねえ、さっき言ったこともう一度言ってもらえるかしら?」「さっき言ったことって?」「人生最大の・・・」「ああ、藍原夏美は俺にとって人生最大の強者だったよ。今まで出会ってきた女性の中で一番最強だったよ」「褒めすぎじゃないそれ?」「褒めすぎてもいいくらい頭使わされたよ」藍原夏美は嬉しそうな表情で「一番最強の女ね・・・ふふふ」と呟いた。私は得意気に「その最強の女もしとめられちゃったね」と言うと藍原夏美はにっこり微笑みながら「まったくね」と呟いた。
ところで、今回はまるで自分が自分を攻略する方法を考えていると感じていた部分もあった。それなら私も強者になるのか!?そう思うと今まで関わった女性から私も強者と思われていたのだろうか。どちらにしても、これは私にとって人生最大の恋愛バトルだったといえる。それからは大親友という関係が続いていった。しかし、3年後、私は退職をして独立することになった。時々、彼女は今何しているんだろう?と思うことがある。あの人生最強の強者だった藍原夏美という存在は一生忘れることはないだろう。