人生最強女の攻略法

このストーリーはフィクションであり登場人物名などは仮名(架空)であり、実在のものとは関係ありません。

■ 恋のキューピット
シーンとする階段の踊り場から何やら声が聞こえてきた。「好きです。僕と付き合ってください」「えっと、ごめんなさい」またか!告白されて断ったのは経理部の川島亜美。25歳で背丈は大きいわけではないが、サラサラのロングヘアーに切り立った目と整った顔立ちをしたスレンダーな美少女といった感じだ。女子力も高く可愛いもの好きで外見磨きに必死なところもあって本当に女性らしい。川島亜美は誰に対しても友好的で話しやすいが、男性と話をするときの距離が普通より少し近い。何気ないボディータッチと少し思わせぶりな発言をする癖があるので、勘違いする男性も少なくない。しかし川島亜美にとって普通に接しているだけなのだ。


藍原夏美はいつものように休憩室に入った。今日は植山順子が出張しているので一人で椅子に座って休んでいた。休憩室の扉が開いた。入ってきたのは企画営業部の青葉健一だった。彼も頻繁ではないが時々休憩室に訪れる。青葉健一は「お疲れ様です!」と会釈しておどおどしながら椅子に座った。おそらく二人きりの休憩室なので緊張しているのだろう。「ねえ、青葉君、ちょっとこっちきてくれるかしら?」と声をかけた藍原夏美。「なんですか?」と言って藍原夏美の近くへ行く青葉健一。「青葉君さあ、好きな女の子いるでしょ?」藍原夏美はニヤリとして興味津々に聞いた。「好きな女の子ですか?いるにはいますよ」「その女の子って、この会社にいるわよね?」「そんな、い、いませんよ・・・」「ふーん・・・本当かしら?」「ほ、本当ですよ!」「それは嘘よね?」「嘘なんて・・・言ってませんよ」「もう少し具体的に言ってあげましょうか?経理部の・・・ふふふ」「や、やめてください、あの人のことは別に・・・」「あれぇ~アタシ、経理部としか言ってないわよ?あの人って誰かしらね?」「それは・・・」青葉健一はかなり動揺していた。藍原夏美は鋭い目をしながら笑みを浮かべて「その人の名前、大きな声で言ってあげましょうか?かわ・・・」と言った。「やめてください!わかりました、もうわかりました正直に言いますよ。その・・・川島さんです」「やっぱりそうだったのね。川島さんと話す時の青葉君の態度を見てるとわかるわよ」「僕、そんな変な態度してましたか?」「川島さんの前でなんとなくおどおどしてるじゃない。あなた達の席ってアタシの席からよく見えるから、ときどき観察してたのよ」藍原夏美の鋭い洞察力で見抜かれたといった感じだ。「それで、青葉君はどうするつもりなの?」「どうするって・・・川島さんは他の男性社員からも人気があるし、何人かに告白されても断ってるらしいし・・・僕なんか相手してもらえないですよ」「じゃあ片想いのまま終わらせちゃうのかしら?」「告白しても無駄だし、後で話しにくくなりますし、僕は今のままでいいです」「何もしないで諦めちゃうって、それほど真剣に想ってないってことかしら?」「そんなことないです。好きな気持ちは真剣です!でも、無理なものは無理だし・・・」「そっかあ、青葉君は真面目だからね。でも絶対に無理ってことはないと思うわよ。やり方次第じゃないかしら?」「やり方ってどうすればいいんですか?」「そうねえ・・・彼ならこんな時どうするのかしら・・・」「彼って誰ですか?」「いやいや、こっちの話よ。とにかくいい方法考えてみるから諦めないで頑張ってみるのはどう?」「僕に協力してくれるってことですか?」「そうね。アタシのできる範囲であれば協力してもいいわ」「わかりました。少し頑張ってみようと思います」青葉健一は26歳で真面目で内気なタイプ。見た目も背丈も一般的にどこにでもいそうな男性だが、口数は少なく、どことなく少し女の子っぽい仕草をするところもある。藍原夏美はそんな青葉健一を少し可愛いらしい後輩社員としてみていた。そんな可愛い後輩社員のために自分のできる範囲で協力してあげようと思った。まずは情報集めってところかしら・・・
藍原夏美はちょっとした女子会を開くことにした。もちろん川島亜美の都合に合わせてみた。いきなりの女子会だったの集まったのは四名ほどだったが、目的は川島亜美の情報を探ることだったので少人数のほうがやりやすかった。藍原夏美はタイミングを見計らって恋愛話をはじめた。「そういえば川島さんって結構モテるんじゃない?告白されても断ってるって聞いたけど何かあるの?」「何人かに告白されましたけどワタシのタイプじゃないっていうか、なんか違うんですよね?」「そうなの?ちなみに川島さんのタイプってどんな人?」「うーん、イケメンでワタシの心を大きく包んでくれてワタシだけを本気好きって思ってくれる人ですね」これを聞いた藍原夏美は思った。川島亜美は少女漫画の主人公にでもなって白馬の王子様でも待ってるタイプ。完全に理想を夢見ているのね。その後、四人であれこれ何気ない話をしてその日の女子会は解散となった。いい方法を考えると言ったけど、どうすればいいのかしら・・・藍原夏美は途方に暮れていた。

■ 密会での宣言
9月に入ってまだ蒸し暑い日が続いてたある休日、私と藍原夏美は二人で会っていた。お互いに愛し合う関係になってからもう何ヶ月になるんだろうか。今日は藍原夏美の部屋で話をしていた。藍原夏美は青葉健一と川島亜美のことを私に話した。「なるほどね・・・それで藍原さんはどうしたいの?」「アタシは青葉君と川島さんがうまくいってくれればいいと思ってるわ。でもいい方法が思いつかないのよ」「うーん、俺もその二人の顔くらいしか知らないしなあ、いい方法かあ・・・」「川島さんは男殺しっていうのかしら。理想の相手じゃないとダメって感じなのよ。あなただったらそんな女の子をどう落としていく?」「その情報だけだと難しいけど、俺だったら相手の意表を突くかもしれない。でも相手の特徴や性格にもよるからハッキリとは言えないけどね」「そうよね。いい方法考えてみるって言ったけど、アタシはあなたのように心理学の知識もないし、恋愛テクニックといってもパッとしないし、困ったわ・・・」「その青葉君が川島さんを攻略する方法を考えるのであれば、藍原さんしかできないよ。俺はその二人とあまり面識がないしね」「アタシにできるかしら?」「藍原さんの頭脳だったら大丈夫だと思うよ。どう考えていけばいいかは教えるから!」「攻略法を考え出すコツを教えてくれるのね」「ああー教えるさ」私はその後、まず今の状況と二人の性格やタイプを頭の中で整理すること。そして相手の弱点などを考慮しながら、いろんな方法をシュミレーションしてみること。トドメの一撃で相手のハートを突くにはどうすればいいか考えること。そういった攻略法を生み出すロジックを説明した。藍原夏美は「うんうん」と頷きながら説明を聞いていた。「ところで、これは俺からのアドバイスになるかわからないけど、川島さんが理想を夢見るタイプであるなら、その理想をぶっ壊す必要があると思うよ」「理想をぶっ壊すってどういうこと?」「現実を見せつけるというか、わからせるというかそんな感じかな」「現実を見せつける・・・なるほどね。参考になったわ」「それと焦らず感情的にならないこと。これは絶対だよ!」「わかったわ。それも頭に入れて攻略法を考えてみるわ」「うん、藍原さんの攻略法、楽しみにしてるから頑張ってね!」「うん!」話が終わると藍原夏美が私の隣にすわって寄り添ってきた。「おいおい、昼間なのに・・・」「いいの。今はこうしていたいのよ・・・」二人の甘い時間は過ぎていった。
その夜、藍原夏美は部屋で一人考え込んでいた。まずは整理していくことかしら。まず真面目で内気な青葉君の理想を夢見る川島さんがいる。二人は席が近いというだけで共通の接点はない。共通の話題で盛り上がることは無理。青葉君の魅力といえばアタシからみたら可愛らしいところくらいで、これといって見当たらない。青葉君が魅力的な人であると見せていけば可能性はでてくるかもしれない。それなら女の子が喜ぶようなことを教えてさせていけばどうだろう?でも、相手は理想を夢見る川島さんだから、理想の人になる可能性は低い。それに男殺しともいうべき相手なので、男性からちやほやされることには慣れているはず。青葉君を女の子にとって魅力的な人になったとしても川島さんにとっては、”ただ優しい人”という存在になってしまうかもしれない。藍原夏美はふと気が付いた。それは全てにおいて邪魔になっているのは川島さんの理想だということ。この理想を壊さない限り何をやってもダメなんじゃないかと思いはじめた。理想を壊す方法って何だろう?現実を見せつけるって?何か理想が壊れる大きな出来事でもあればいいのだけど・・・大きな出来事?現実をみせつける大きな出来事って何だろう?理想なんて忘れてしまうくらいの現実。だんだん藍原夏美に小さな光が見え始めてきた。そういえば彼はアタシに強い想いをぶつけてきた。アタシはそれでしとめられた。現実に強い想いが相手に伝われば理想なんてどうでもよくなるかもしれない。アタシは先に理想を壊すことを考えてたけど、それは最後のトドメの一撃でいいのではないかしら。そのトドメの一撃は相手の意表をつく方法がいいかもしれない。そうなると相手が感情的になっている時が一番よさそうに思う。そしてアタシが次に考えるべきことは、そこまで何をしていくべきか。つまり、そこに至るまでの過程。今まで川島さんに告白してきた男性達は、自分に気があると思い込んだか突発的だったかわからないけど、川島さんは何も思っていなかった。何も思っていない?つまりそれは男性として意識していなかったということ。川島さんが青葉君のことをなにかしら意識させる必要がある。意識させていって、いいタイミングになったところで、トドメの一撃をくらわせば相手のハートを突くことができる。藍原夏美の中で攻略法の簡単な流れがまとまった。しかし、彼はここにスパイスともいうべき一工夫いれてくるのよね。スパイスか・・・うーん、何だろう?藍原夏美はふとある言葉を思い出した。それは『焦らず、感情的にならないこと』という私の言葉だった。焦らず・・・そうか!意識させるのもさせてからも焦らず、相手の心をじらしていけばいい。もうーってくらいじらしてじらしまくっていけばいい。少し時間がかかるのが問題だけど、これこそアタシらしいスパイスだわ。はあー疲れたわ・・・藍原夏美はおそらく人生ではじめて、恋愛攻略法を考え出したのだ。

■ 最強女の攻略実行
藍原夏美は、まず私に電話をして考え出した攻略法を話した。「それは面白いことを考え出したね!いいと思うよ」「それならよかったわ。でもうまくいくか不安なのよ」「あとは実行しながら予想できなかったことになったら、その時また考えればいいよ」「そうね。じゃあがんばってみるわ」「うん、頑張ってね!」と言って電話を切った。
次の日、藍原夏美は早速、青葉健一を休憩室に呼び出した。「この前いってたいい方法が思いついたの。誰かきたらまずいから、小声で話すわよ」「はい」「今日から青葉君は川島さんに声をかけたり優しくしたり、気遣ったり、身に着けているアクセサリーとか、とりあえず一日に一度は褒めていきなさい」「社内でこっそりそんなこと難しいですよ」「こっそりしなくていいの。堂々としなさい。川島さんだけにね」「そんなことしたら周りの社員に気づかれちゃうじゃないですか!」「気づかれたっていいわよ。むしろ気づかせたほうが都合がいいのよ」「でも、それだと川島さんも意識してやりにくくならないですか?」「川島さんも意識させちゃっていいのよ。でも、アタシがいいって言うまで告白は絶対しちゃだめよ!」「でも噂になってしまって、僕も周りからからかわれるようになっちゃいませんか?」「噂になればなったでいいわ。ただ、川島さんのことが好きだということは否定し続けるのよ!」「僕の気持ちを隠し通せってことですか?」「そうよ。周りにどう聞かれても絶対に好きではないと否定し続けるの!もちろん川島さん本人にもね!」「わかりました。でも、こんなことをすることに何の意味があるんですか?」「大きな意味があるんだけど、今の青葉君に説明しても理解できないと思うわ。とにかく今日から実行していきなさい」「わかりました。やってみます」
その話が終わって藍原夏美は自分の席に戻った。そして青葉健一を行動をちらちら見ていた。すると突然、青葉健一が川島亜美の席に行って「川島さん、今日も綺麗ですね」と言った。川島亜美は「あ、ありがとうございます」と不思議そうな表情をしていた。これはダメだと思った藍原夏美は時間が経ってからもう一度、青葉健一を休憩室に呼び出した。
「青葉君、ちょっと不自然すぎるのよ!」「何がですか?」「いきなり川島さんの席にいって『綺麗ですね』って、おかしいでしょ?」「でも、他に思いつかなかったんですよ」「書類もっていったりすることあるでしょ?その時、さりげなく褒めるの!顔とかじゃなくて、服装や身に着けてるアクセサリーを『似合ってるね』という感じでいいの。あと『今日の服は~色なんだ。川島さん美人だから何着ても似合うね』とか、そういう風に言うのよ」「服装や身に着けてるアクセサリーが似合ってると言えばいいのですね」「そうね。まずそれだけでいいから誉めていきなさい。あとは優しくして、気遣うことも忘れずにね」「気遣うってどうすればいいんですか?」「川島さんのテーブルとか見て、『書類落ちかけていますよ』とか忙しそうだったら『今、忙しそうですね。大丈夫ですか?』とか、そういうことよ。そのくらいのこと言えるわよね?」「そのくらいなら言えますね。わかりました、やってみます!」
その後、最初のうちは不自然な誉め言葉やわざとらしい気遣いがあったものの、青葉健一はだんだん慣れてきたようでだんだん自然になってきた。実行して三週間くらい経ったが川島亜美はまだ青葉健一のことを意識しているようには見えなかった。少し効果が薄いと感じた藍原夏美は「もうすこし大胆に優しくしてみなさい。特別扱いするのよ」と言って、青葉健一の行動が大胆になってきた。それを見ていた周りも川島亜美が特別扱いされているように見えた。次第に周りの席にいる社員達は『青葉健一は川島亜美に気がある』と噂をしはじめた。その噂は藍原夏美の耳にまでも入るようになった。藍原夏美は自分の思い通りに周りが動き出しているのを見て、自分はなにやら神にでもなったかのように思った。そして一ヶ月ほどしたある日、川島亜美の青葉健一に対する態度が少し変わった。どうにも青葉健一を避けているような感じだった。それを藍原夏美は川島亜美が青葉健一を意識しはじめたと確信した。少し避けられていても青葉健一は特別扱いを続けていった。

■ 状況変化
社内で噂が広まり、川島亜美が意識しはじめたある日、藍原夏美は青葉健一を休憩室に呼び出した。「ちょっと面白いことを思いついたの。青葉君、明日から2、3日は川島さん以外の女性を特別扱いしなさい。その間、川島さんに特別扱いはしなくていいわ」「藍原さん、本当に大丈夫なんですか?噂も広まってますし、川島さんにも避けられてる気がしますし、不安になってきました」「川島さんが青葉君を意識しはじめたってことよ。これでいいのよ。成功してるわ」「本当ですか?僕には藍原さんが何を考えてるのかわからないです」「あなたは何も心配しなくていいのよ。順調に事は進んでるわ」「わかりました・・・」「あと周りに何を言われても川島さんが好きだってことは絶対に否定するのよ。本人から聞かれても絶対に否定しなさい」「それは大丈夫です。隣の席の人に聞かれましたが、別に川島さんに気はないといいきりました」
次の日から青葉健一は他の女性社員を特別扱いするようになった。そんな状況の中、藍原夏美はちらりと川島亜美のほうを見てみた。するとなにやら不思議そうな表情をして困惑しているようだった。今まで特別扱いされていたのに、それが突然他の女性を特別扱いしているのだから、わけがわからないのだろう。青葉健一は3日間、他の女性に特別扱いをして、その後は再び川島亜美を特別扱いするようになった。しかし、二週間ほど経っても状況は一変しない。青葉健一の特別扱いに対して川島亜美が意識しているのは確実だが、いつまでたっても態度が変わらない。
週末、私は藍原夏美の部屋に行った。藍原夏美は青葉健一と川島亜美のこれまでのいきさつを私に説明した。「そうか・・・まあ長期戦になってるけど、思惑通りに進んでるって感じだね?」「それはそうなんだけど、状況が変わらないのよ」「状況が変わらないって?」「いつまでも特別扱いされ続けている川島さんの態度が変わらないのよ」「なるほど・・・」「アタシの考えた攻略法に無理があったのかしらね?」「いや、面白いし効果も十分期待できる攻略法だよ」「だったらいいんだけど、いつまで続ければいいのか不安になってきたわ」「状況が変わらないってことは、この攻略法には何か抜けてるものがあるのか、見落としてるものがあるのかもしれない」「つまり何かが足りてないってことかしら?」「そうだね。これまでの経緯を整理して、この攻略法を見直してみるといいかも。こういう時、意外とシンプルな何かを忘れてるってことよくあるから」「わかったわ」
その夜、藍原夏美は今までの経緯を頭の中で整理してみた。自分の思惑通りに事は進んでるけど状況が変化しない。攻略法を見直してみる。青葉健一が特別扱いをして、社内では噂になり、川島亜美を意識させることができた。あとは感情的にさせてトドメの一撃をくらわせることで、現実を見せつけて理想なんてどうでもいいと思わせる。あれ?感情的にさせる?どうやって?じらしまくっていけば、いつか相手が感情的になる日がくると思っていたけど、今の状況だとずっとこのまま続いちゃう。じらすということは、相手を意識させ続けること。意識させる・・・もしかして今のやり方では相手の意識がまだ薄いんじゃないかしら。感情的にさせるにはもっと深く意識させる必要があるかもしれない。そうだ、今のやり方だけではそこまで深く意識できてないんだわ。それが足らないものの正体。だったら、もっと意識させればいいのね!
次の日、藍原夏美は早速青葉健一を休憩室に呼び出した。「青葉君、これからはもっと大胆に特別扱いしていきなさい」「大胆にってどういうことですか?」「例えば『川島さんのためだったらなんでもします』とか『川島さんのことばかり考えてしまっています』とかね。あと褒め言葉も大胆に『すごく可愛い』とか『もう眩しいくらい綺麗』とか恥ずかしくなるくらいによ」「それってもう告白してるのと同じじゃないですか?」「好きだとは言ってないでしょ?それでも告白しないで周りに何聞かれても好きだってことを否定し続けるのよ」「さすがの僕もちょっとそこまで言うのは恥ずかしいですよ」「恥ずかしいかもしれないけど、できないことはないでしょ?」「もう毎日のように川島さんを特別扱いしているので、今更できないとは言いません」「じゃあ、がんばって。あとセクハラ的な言葉には注意してね」「わかりました」
それから青葉健一は大胆な誉め言葉や恥ずかしくなるようなことまで川島亜美に言い続けた。毎日のようにそれは続けていった。十日ほどすると川島亜美の態度が変わってきた。青葉健一の前だとおどおどして少し恥ずかし気な表情になっていた。ついに状況は変わっていったのだ。

■ 疑いと爆発寸前
ある日、青葉健一は階段の踊り場に川島亜美から呼び出された。「今、なんというか、社内の人達の間で噂になってること知っていますか?」「噂?そういえば何か言ってる人いるみたいですね」青葉健一はわざとすっとぼけた。「なんか聞きにくいんですけど、もしかしてワタシに気があったりします?」告白は絶対にするなと藍原夏美に言われているのでとぼけるしかない。「いや別にそんなことないですけど、どうしてですか?」「だって、その・・・なんかワタシにだけ特別扱いしてる感じがしまして・・・」「そうですか?川島さんは話しやすいからじゃないですか」「それならいいんですけど、すごい噂になっていますから」「僕は噂なんて気にしていませんよ」「それならいいですけど、勘違いされてるのって嫌じゃないですか?」「別に気にしませんよ」「そうですか。でも少し注意したほうがいいと思いますよ。噂は酷くなるばかりですので・・・」「わかりました」
川島亜美と話した青葉健一は、早速、このことを藍原夏美に伝えた。「藍原さん、もうこういうこと辞めたほうがいいんじゃないですか?さすがに川島さんも気にしてますよ」「それでいいのよ。そこで告白しなかったのもグッドよ」「これから僕はどうしていけばいいのですか?」「今まで通り、川島さんを特別扱いしていけばいいのよ」「まだ続けるんですか?」「そうよ。ここで辞めたら今までやってきたことが台無しになるわよ。それでもいいの?」「それはよくないですけど・・・あの、続けるのはいいんですが、いつまで続けるんですか?」「川島さんの理性がなくなるまでよ」「理性がなくなるまでって、怒らせたりってことですか?」「そう、怒らせるまで続けるのよ」「好きな人を怒らせるって意味がわからないんですが・・・」「今の青葉君にはわからないと思うわ。でもそうしないとこれは上手くいかないのよ」「藍原さんの考えてることがよくわかりませんが、信じてもいいんですよね?」「正直、絶対に上手くいくって保証はできないわ。でも今のままだと確実に上手くいかないわよ。どうする?」「藍原さんを信じてみますよ。こうなったらもうとことんまでやってみます」
その後も青葉健一は大胆な特別扱いを続けていった。少し注意したほうがいいという川島亜美の言葉を無視しながら、毎日のように続けていった。社内ではすでに噂は広がり、青葉健一は川島亜美のことが好きという前提で話が進んでいた。ある社員からは『はやく告白しろ』と言われたり、ある女子社員は『片想いのままだと何も変わらないよ』などとアドバイスされたりした。それでも青葉健一は『川島亜美のことは何とも思っていない』と言って貫き通していた。否定しても周りからは「正直に言えよ」、「素直になれよ」などと言われ続けたが無視していた。それから二週間ほど経ったある日、ついに川島亜美の態度が急変した。彼女はかなりイライラしているように見える。青葉健一が話しかけても「話しかけないでください」と言い返す。まさに爆発寸前の状態といってもいいのだ。そんな川島亜美の態度に焦った青葉健一は藍原夏美を休憩室に呼び出した。
「藍原さん、もう限界ですよ。川島さん、僕と口を聞いてくれないんですよ」「爆発寸前ってところかしら。ふふふ・・・これでいいのよ」「どうして笑うんですか?何がいいんですか?」「落ち着きなさい!あとは青葉君が川島さんの爆発のスイッチを押すのよ。そしていよいよ告白するのよ」「爆発のスイッチって・・・川島さんを怒らせて告白ってわけがわからないです」「川島さんの不意をつくといえばわかるかしら?感情的になってる相手が告白なんてされたらどうなるでしょうね?」「そんな怒ってる人に告白なんてしたら、フラれるんじゃないですか?」「そうかしら?感情をぶつけ合ってこそ想いって伝わるものじゃないかしら」「それは僕にはわかりません。恋愛経験少ないので・・・」「今日、勤務が終わってから会社の裏の公園に川島さんを呼び出して告白するのよ。青葉君も感情的になって自分の強い想いを精一杯伝えるといいわ」「今日ですか!?いきなりですね」「川島さんが感情的になってるうちが勝負よ。告白は狂ったように好き好き大好きって連呼するのがいいわ。とことんやるんでしょ?」「わかりました。ここまできたらとことんやりますよ。ストレートに好きって想いを伝えればいいんですよね?」「そうよ。もう青葉君はやることは十分にやったから、あとは川島さんにできるだけ強く想いをぶつけてくるといいわ」「わかりました」
休憩室を出た青葉健一は川島亜美の席に行き、こっそり『話があるから勤務終了後に、裏の公園にきてほしい』と言った。これで準備は整ったのだ。あとは自分の強い想いをぶつけるだけなのだ。

■ 告白そして結末
勤務終了後、青葉健一は待ち合わせした公園のベンチに座って待っていた。するとかなり不機嫌な表情をした川島亜美がやってきた。もはやいつ爆発してもおかしくないという感じだった。川島亜美はベンチの前にきて「話って何ですか?」と聞いてきたので「何か怒っています?」と聞いた。すると川島亜美はついに理性が切れた。
「一体、あなた何なのですか?」完全に感情的になっている。青葉健一も藍原夏美の言うとおり感情的になった。「何なのですか?って?」「ワタシ、この前、注意したほうがいいって言いましたよね?それなのに青葉さんの態度は変わらないじゃないですか!」「僕は普通にしてるだけですよ!」「どこが普通なんですか!噂も青葉さんの態度も酷くなってるじゃないですか!もうわけがわかんないです」「わけがわからないって何がですか?」「あーもうー何もかもわけがわからない!一体、何考えてるんですか?」「何考えてるって言われても困りますよ」「もう正直に言ってください!」「何をですか?」「ワタシのこと、どう思ってるんですか?青葉さんの本当の気持ちを言ってください!」「わかりました。じゃあ言います!川島亜美さん、大好きです。好き好き好きたまらなくたまらなく好き。すごく好きなんです。もう好きで好きで狂いそうなくらい好きなんです」「だったら、どうして今まで告白してこなかったんですか?」「簡単に告白なんかしても軽く見られるじゃないですか?こんな強い想い、簡単に伝わるもんじゃないって思ったからですよ!理想の人じゃなくて悪かったですね!」川島亜美の怒りは落ち着いた。そして涙を流しながら小声で「理想とかもうどうでもいいです・・・」と呟いた。鼻をすすりながら涙を流す川島亜美。青葉健一も冷静になり「ごめんなさい、泣かせてしまって・・・」と言った。すると「違うんです。嬉しかったんです。こんなに好きだなんて言われたことなかったから・・・」と涙を流しながら答えた。「僕の想いは伝わりました?」「うん、すごく伝わってきました」それから川島亜美はベンチに座りわんわん泣き出した。青葉健一は隣で「もう泣かないでください」と呟きながら、川島亜美の頭を撫でていた。そして、そっと「川島さん、僕の彼女になってください」と呟いた。川島亜美は涙を浮かべながら、青葉健一の目を見て「はい」と答えた。相手に対する強い想いとは時として相手の持つ理想までも打ち砕く力を持っていると思う。理想は理想、人の持つ強い想いは現実のものなのだ。今回の攻略法は感情をぶつけ合うこと、現実である強い想いをぶつけることに賭けてみたといえる。そしてそれは見事に伝わって川島亜美のハートを突くことができた。ここに至るまで時間がかかり、忍耐勝負にもなったが、この方法は成功したと言えるだろう。この後、青葉健一と川島亜美は付き合うことになった。
休日、私はいつものように藍原夏美の部屋に訪れた。青葉健一と川島亜美が見事にうまくいった話を聞いた。「藍原さん、見事な攻略法だったよ。さすがだね!」「二人がうまくいってアタシもうれしいわ。それに自分で生みだした攻略法が見事に成功するって気持ちのいいものね」「でも今回はかなりの長期戦だったのに、藍原さんよくやったよ」「ふふふ・・・ありがとう。アタシの思い通りに周りが動いていくのを見てると、まるで神になった気分だったわ」「それに相手の理想をぶっ壊す方法もよく思いついたよ」「それはあなたがヒントになったのよ」「俺がヒントになったって?」「あなたは自分の強い想いをぶつけてアタシを二度もしとめたじゃない。人の強い想いって現実だから理想なんてどうでもよくなるんじゃないかって思ったのよ」「たしかにね。でも一つの賭けになった感じでしょ?」「そう、賭けになったわ。でもそれ以外思いつかなかったのよ」「まあでも、本当によく考えたよ。これで藍原さんも恋愛攻略者になれるよ」「それにしても今回は頭使いすぎて疲れたわ。あなた、こんなことを何度も考えて実行してたのね」「まあ、攻略法を考えるのは俺にとって一つのゲームみたいな感覚になってるのかも。でも、藍原さんに関しては本当に頭がパンクしそうなくらい考えさせられたけどね」「それほどアタシの攻略って難しいってこと?」「そうだよ。だから藍原さんは人生最強の女性なんだよ。今は愛おしい大切な人になってるけどね」「人生最強の女が愛おしい・・・ふふふ・・・そんなあなたがアタシも愛おしいわ」二人で寄り添いながらまるで攻略成功の打ち上げパーティーのようになっていた。
その後、青葉健一と川島亜美の関係がどうなったかはわからない。どうであれ、川島亜美が理想を追う夢見る美少女から現実と向き合う美少女になっていると信じたい。恋愛は幻想であるといえばそれまでだが、人の想いは大切にしたいと思う。