春の噂

このストーリーは80%くらい実話ですが、登場人物名などは仮名(架空)であり、実在のものとは関係ありません。

4月の新学期、学生達はクラス替えとともに心も新しくなる季節。桜が満開のこの季節、新しい環境に慣れようとする人達の心の忙しさを感じる。仲の良かった友達や片思いをしている人と同じクラスになれて喜ぶこともあれば、別のクラスになってしまったと残念な気持ちにさせられることもある。その与えられた新しい環境はどうすることもできないが、これからどんな出会いや出来事があるのだろうかと考えてしまうこともある。床についたワックスの匂いとともに新しい一年間が始まる。

春の噂

ある日、私が妹である香里の小学校の卒業アルバムを写っていたある女の子を見ていた時のことだった。「この子、かわいいな!すげータイプだ!!」この一言がきっかけであった。その女の子の名は岡本早紀という。
私は中学3年生になり受験シーズンを迎え、香里は小学校を卒業して中学校に入学したばかり。そんな春の出来事であった。私がこの写真の岡本早紀に片思いをしているという。まるで春風が運んできたかのような噂が1年生のほとんどと3年生の私の知り合いに広まっていった。

岡本早紀は背丈は小さく、目が大きくクリっとしていて、まるで人形のような女の子だった。たしかに私の好みのタイプではあったが、話したこともなければ恋愛感情を持ったとは到底言えない。それにまだ中学2年生の時に同じクラスだった笹倉佳奈に未練があったのだ。笹倉佳奈は私が2年生の秋頃からずっと好きだった女の子。3年生にあがる1ヶ月ほど前に告白したのだが「他に好きな人がいるから」という理由でフラられてしまった。実らぬ恋となってしまったが、この未練は数年間続くこととなる。

それからしばらくしたある日、妹は何人かの同級生から「お兄ちゃんって岡本さんのことが好きなんだ?」と質問されるようになっていた。私が佳奈に未練があることを知っている妹は「兄にはずっと好きな人いる」と必死に真実を話しても周りは聞く耳持たない状態だった。この噂は香里にとって非常に迷惑なことであった。もちろん私も周囲から「1年生に手を出している」などと言われて迷惑なことだった。そして、この噂は次第に岡本早紀本人の耳にも入っていくことになる。

噂が広まっていたある日、体育の授業が終わって教室へ戻ろうとしていたときのこと。偶然にもバッタリと岡本早紀に出くわしてしまった。一瞬、目があったのだが、岡本早紀は避けるようにその場を去っていった。早紀は何やら困ったような表情をしていたように感じられた。完全に避けられているのは間違いなかった。話したこともない人間に好意を抱かれていると思い込んでいるのだから早紀が警戒するのは当然のことだろう。根も葉もない噂なんだが状況だけはどんどん悪化していく。

この噂は治まるどころか酷くなるだけ。なんとかしないと・・・

そう思った私はさっそく、この噂の出所がどこにあるのか調べてみることにした。とりあえず、あきらかなのは私が発言した「岡本早紀がタイプ」から始まっていること。これは私の家で妹の卒業アルバムを見ていた時のことなので、関係しているのはそのうちの誰かであるのは間違いないだろう。そこにいたのは近所に住んでいた大河由実、妹の友達で私も小学生の頃から知っている井口敦子、妹が小学生の時に一番仲のよかった下野尚美。そのうち迷惑をしている妹と私本人を除いた3人の誰かがこの噂に関係があるのは確実であろう。

そこで私は頭の中を整理してみた。

大河由実は幼なじみの勉強熱心で真面目な性格。井口敦子は岡本早紀の家近くに住んでいて二人は仲のいい友達関係なので、この噂によって二人が迷惑しているのを知っている。残るは下野尚美だが、私がよく佳奈について相談していたので、まだまだ未練があることを知っているはず。考えてみると誰もこの噂に関係なさそうだが、唯一この中で疑わしく思ったのは大河由実だ。しかし何も根拠もない。

そんなある日のこと、大河由実が私の家にやってきた。

由実が一枚の便せんを私に届けにきた。中にはなんと早紀の写真が二枚も入っていた。先日あった春祭りの時に撮らせてもらったらしく、この写真を私にプレゼントするというのだ。由実は完全に私が早紀を好きだと勘違いしていた。やはり噂の出どころは由実に間違いないと確信した私は「別に早紀のことは好きでもなんでもない」、「噂を流してるのは由実か!?」と問いただした。しかし由実は「噂なんか流してない」と言い張る。とにかく写真なんていらないので返そうとした時、由実は母親から呼び出された。写真なんていらないと言っても「とりあえず写真は渡しておく」と言って由実はさっさと自宅に戻っていった。

私は少し写真を眺めていた。二枚の写真を見てみると早紀は笑顔でピースなんかしていて、とても不信な表情をしていない。そう考えると二枚の写真と噂の繋がりはないように思えた。そう思った私は仕方なく便せんごと自分の机の引き出しの中に入れておいた。

さて、噂は治まるどころか「私は岡本早紀が好き」という内容から「岡本早紀に告白する」まで発展していった。人の噂とは不思議なもので、人から人へ伝わっていくにつれて、その内容がどんどん膨らんでいく。そして最後には内容そのものが全く違うものになってしまう。そんな状況が続いたある日の朝、私はいつものように登校すると下駄箱の中に四つ折りにされたメモが置いてあった。なんと早紀からのメッセージだった。そのメッセージが次のように書かれていた。


————————————————————
もう写真を撮ったり、私のことを調べるのは辞めてください。
一年生の間であなたとの噂までひろまっていてすごく迷惑しています。
私のことが好きなのであればあきらめてください。
これ以上続けるのであれば、兄になんとかしてもらいます。
もう本当に迷惑しているので辞めてください。
————————————————————

このメッセージを見た私は即座に早紀がかなり誤解をしていることだけは間違いないことだけは確実だった。ところで、早紀の兄とは岡本啓一のことで私の一つ年上で、1年ほど前に私が関係していた暴走族の先輩にあたる人だった。これは本当にまずいことで何とかしないといけない。しかし早紀に「辞めてください」と言われても、実際、私は何もやってない。そもそも何を辞めればいいのかわからないのだ。

そんなある日の下校途中・・・

ついに私は早紀の兄である岡本啓一に呼び出された。そこには同じ暴走族に所属していた他の先輩が二人もいた。 啓一は面倒な感じの口調で「早紀に手を出してるのは本当か?」と私に聞く。私はとりあえず必死に事情を説明した。私が佳奈に未練があること、早紀のことは別に好きでもないということ、噂が勝手に広まっていったこと。説明していくうちに啓一はだんだん難しそうな表情になってきた。啓一は「たしかに、自分のことを知っている妹のことを調べているというのは変なこと」だという結論になったようで、私の言ってることが嘘でないことを感じたようだ。啓一が少し笑いはじめた。そして「あんな生意気な早紀のどこが可愛いんだ?」と聞いてきたので「確かに私のタイプではある」と正直に答えると啓一に笑われた。そして啓一に「噂をなんとかしてやってくれ」とお願いまでされた。私は断ることができず「なんとか噂を止めるようにします」と答えた。その後、啓一と他の先輩達二人は自転車にのってその場を去った。

こうなったら噂を止めるしかない。

噂を止めるにはまずどうしたものかと私は考えているうちに、まず出所を突き止めなければならないことに気が付いた。それには、早紀にどういう内容で伝わっているのかも突き止めなければならない。翌日、私はまず早紀と近所に住んでいて仲良のいい敦子を学校内に呼び出して話を聞いてみることにした。 敦子は妹とは小学生以来からの付き合いだが、それと同時に私とも長い付き合いであった。
私が敦子にした最初の質問は「噂の心当たりはないか」だった。敦子は早紀に私がタイプの女の子であるという話はしたらしい。しかしそれを聞いた早紀は「嬉しいこと言ってくれるね」とただ笑っていたという。それだけで私が早紀を好きと勘違いするのもおかしな話だ。しかし、それと同時に早紀はこの噂のことですごく悩んでいるということも聞いた。せめて早紀とのパイプラインである敦子に「噂のことは勘違い」ということを早紀に伝えてもらうようにした。敦子は「早紀はかなり警戒してるから、それだけだと信じない可能性がある」と言った。それについては「私のほうからも早紀に手紙を出すつもり」ということを敦子に伝えておいた。敦子は「こんな状況だから気をつけて」と助言をして話は一旦終わった。

私はまず噂になっている本人に事実を伝えることが先決だと考えた。噂がでたらめであると早紀も安心するのではないかと。そして、翌日の朝早い時間に登校して私は早紀の下駄箱にメッセージを書いたメモを入れた。そのメッセージの内容は次のようなものだった。


————————————————————
昨日、敦子と話をしたので、もう聞いていると思いますが、
早紀さんはどうやら勘違いをしているようです。
確かに早紀さんのことをタイプだと言ったことは本当ですが、
俺には好きな人がいます。
それは早紀さんのお兄さんも知っていると思います。
こんな噂になった発端は俺にあるのでなんとか噂を止めてみようと思っています。
今までさんざん迷惑かけてしまったことは謝ります。
ごめんなさい。
————————————————————

この手紙の内容を早紀が受け入れるかどうかはわからないが、どんな形であれ、早紀に誤解だと伝えることが重要なのだ。その日の昼休み、私は偶然に早紀と出くわしてしまった。私は目を避けるように通り過ぎようとしたが、そのとき、早紀から話かけてきた。私のメッセージを見たこと、敦子に話を聞いたということを早紀は話してくれた。早紀は頭をさげながら、何やら恥ずかしげな表情をしながら「勘違いしてたみたいで、手紙で失礼なこと言っちゃってごめんなさい」とまで言った。これで本人への誤解は解けたようでホッとした。早紀は最後に「誤解だとわかったので、もういいですよ」と言ってくれたのだが、私にとってそれで終わりではなかった。私は「そういってくれるとありがたい。でも、この噂はそれだけの問題じゃなくて、妹や他の人にも迷惑かかってる」ということを早紀に伝えた。確かに、この噂は妹や敦子は迷惑をしている。なにより、佳奈のこともあるので私自身がどうしても噂を止めたい気持ちが一番だった。

早紀はぺこりと頭をさげた。話も終わり、私がその場を去ろうとしたその時だった。

早紀は「私に何かできることって何かありませんか?」と言ってきた。私は少し驚いた感じで振り向くと、早紀の眼差しは真剣だった。少し戸惑ったが、少し早紀から話しを聞いてみることにした。その噂は誰から何を聞いたのか、写真のことを誰から聞いたのか。話を聞いてみると、どうやら噂に関しては同じクラスの女の子から聞いたということ、噂の内容が大きくなったのか、私が早紀の住所や電話番号を調べているということ。そして、大河由実が写真を私にプレゼントしたと聞いたこと。早紀は写真をもらったことで完全に勘違いしてしまったらしい。とりあえず、そこまでの情報は掴めた。早紀に由実にもらった写真を返すと言ってその場を去った。

これで私に対する早紀の不信感はなくなったはずだが、噂の出所を突き止める手がかりは全く掴めなかった。こうなったらなんとしても噂をなんとかしないといけない。そこで私は広まった噂をくい止めるために、井口敦子と大河由実と下野尚美、そして一年生の後輩で妹とも仲がよかった大山直也と白井健太に協力してもらうことにした。大山直也と白井健太は、私が関係していた暴走族の新入りでもある。私はまず、その5人に「ある噂を流してくれ」と依頼した。それは「私が岡本先輩、つまり早紀の兄と同じ暴走族仲間。そして今回の噂がでたらめであると岡本先輩と話をつけた」という内容である。この噂を流すポイントとして、兄の岡本啓一の存在にあった。当時「早紀の兄貴は暴走族で相当に危険な人」として校内でもかなり恐れらて有名であったこと、私が岡本先輩と話をつけたことは事実であったことも含めてのことだ。「岡本啓一に関わりたくない」という人の心理を利用した噂流しの作戦だったが、それは見事に成功した。数日後、早紀との噂話など煙のように消えていった。

よし!とりあえず噂は治まり無事解決!しかし・・・

私の気持ちとしては何かしっくりこない。肝心の噂の出所がわからないのと、真実を明らかにしないと何か心に引っかかったままになっている気がしてならなかった。とにかく先日約束した由実からもらった二枚の写真を早紀に返してあげようと、机の引き出しから便せんを取り出した。写真をみても早紀は確かに可愛いと思いながら写真を眺めていた。その時、一枚の写真の右側に注目した。最初は暗くて気づかなかったのだが、よくみると女の子らしい髪の毛である。そこで、私はこの写真を持ってきた時の由実の話を思い出した。この写真は春祭りの時に偶然に早紀と会って撮影したもの。よく考えてみると早紀が一人で春祭りに来ていたとは考えにくい。もしかすると誰か友達と一緒に来ていたのではないのかと思いはじめた。そして、その友達が今回の噂について何か関係があるのではないかと思った。

そう思った翌日、私は早紀に写真を返すといって呼び出した。

早紀に写真を返すと同時に私は「春祭りの時は一人で来ていたのか?」と質問してみた。すると、同じクラスの富井紗江子という女の子と二人で行ったことがわかった。そして写真に写った髪の毛は富井紗江子ということも判明した。続いて富井紗江子が噂のことについて何か知っていたのかと聞いてみると、早紀が最初に噂のことは聞いたのは彼女からだということもわかった。

私はピンッときた!間違いなく富井紗江子が今回の噂話に関係していると睨んだ。あとは卒業アルバムを見ていた時にいた四人と富井紗江子との関係について考えてみた。敦子は早紀と同じクラスなので当然知っているはず。妹や尚美については後で確認したところ富井紗江子を知ってはいるが話したことはないらしい。最後に由実だが、春祭りで写真を撮る時に会っているはずだが、どこまでの仲なのかはわからない。まず、私は敦子に電話をかけて富井紗江子と由実の関係について聞きいてみた。すると「お春祭りの日からときどき話をするようになった」という。どれだけの関係かわからないが、これで由実と富井紗江子の接点が見つかったのだ。

早速、私は由実を家に呼び出して話をきいてみると真相が明らかになった。春祭りの日、由実は両親と弟の四人で春祭りに来ていたらしく、偶然に早紀達に会った。由実は友達に会ったから「少しここで話をする」ということで、由実の両親と弟はその場を離れた。そして由実は偶然にもカメラを持っていたので早紀の写真を撮ったのだ。しかし一緒にいた富井紗江子は写真を撮られるのはあまり好きではないと拒み、カメラ目線から離れていた。それから数日後、由実と富井紗江子が二人で話をする機会があった。その時、春祭りで撮った早紀の写真について由実が私にプレゼントしたこと、私が早紀のことを「好みのタイプ」と言っていたことを富井紗江子に話していたのだ。その話を聞いた富井紗江子は私が早紀を好きだと勘違いした。そして富井紗江子は友達数人にその話をした。それから噂はたちまち広がり早紀本人の耳にまで入った。そして早紀も勘違いしたのだ。勘違いした早紀は富井紗江子に噂についての相談をした。そして富井紗江子は、由実が私に私へプレゼントしたということを早紀に話した。そして早紀は春祭りの日に由実が写真を撮ったのは私が依頼したものだと思いこんでしまったようだ。その後、噂について敦子に話したり調べている私の事を耳にした富井紗江子はさらに勘違いをして早紀の事をいろいろ調べていると思いこんでしまい、それすらも早紀に伝えた。もう我慢の限界がきた早紀は悩んだ末、メモ帳にメッセージを書いて私の下駄箱に入れたのである。

それから二年後・・・

私は敦子の関係から早紀とも仲良くなっていた。そんなある日、私は敦子と早紀と三人でドライブしていた。私は意地悪で「あの時の噂のことは忘れもしない。あの下駄箱に入っていたメッセージのことも忘れもしない」と言うと「恥ずかしいからもうやめて」と早紀が顔を赤くした。そして、私は早紀に対して「昔から気の強い女」とよく言っていたことを覚えている。普段、何も感じていない人でも、噂されるとその相手が気になって意識してしまう。その意識から相手に対する気持ちが変わってしまうこともある。それで好きになってしまうか、嫌になってしまうか、仲がよくことさえあるのだろう。

最後に・・・

富井紗江子と私は数か月後、変な関係になるのだが、それは別のストーリーで話すこととする。