人生最強女の相談

このストーリーはフィクションであり登場人物名などは仮名(架空)であり、実在のものとは関係ありません。

■ 彼女の事情
かなり冷え込んだ2月上旬の休日、私は藍原夏美の部屋に行っていた。彼女と秘密の関係となってもう半年くらいになるだろうか。今ではかなり親密な関係になっている。いつもは何気ない日常会話からはじまり、時にはお互いの深い部分の話をしている。


しかし、この日は藍原夏美が普段とは違う話をしてきた。「あなた、システム開発部の上村君のこと知ってるわよね?」「ああ、知ってるよ。サーバー室で一緒に作業することもあるからね」上村君とは去年、システム開発部に新入社員として入社した新人の上村直也のことで、私も何度か技術的なアドバイスをしたことがある。背丈は170cmくらいで、イケメンというよりさわやかでとても優しい表情をした青少年といった感じだ。「その上村君だけど、アタシの見たところ、どうも新垣さんに気があるように思うの」「新垣さんって、藍原さんの近くの席にいる人だよね?たしか上村君と同期で入社したんじゃなかったっけ?」「そうよ。上村君が時々、新垣さんと仲良く話してるのをよく見かけたのよ。まあ二人は同じ専門学校の卒業生だから顔見知りだからっていうのもあるかもしれないけどね」「同じ専門学校だったんだ。でも新垣さん、システム開発部の席じゃないよね?」「彼女はデザイナーとして入社したの。でもうちの会社ってデザイナー部とかないじゃない?一応、システム開発部なんだけど、やってもらってる業務はポスターやパンフレット、会社のホームページの作成と他の雑務なの。だからアタシの近くの席に座ってもらっているのよ」「なるほど、藍原さん関係の仕事ってわけだね。でも、仲良く話してるだけで上村君が新垣さんに気があるってのはどうかな?でも藍原さんのことだから、他にも思い当たるところがあるんだよね?」「そうなのよ。上村君、朝礼の時とかアタシが休憩室行く時に見かけると、ちらちら新垣さんのほうを心配そうに見てるのよ。それも少し異常なくらいにね」「そうなんだ。それで上村君と稲垣さんをひっつけようってこと?」「それもあるんだけど、一つ問題があるのよ」「問題って?」「新垣さん、入社した時は笑顔で誰にでも明るく接していたんだけど、去年の10月くらいから急に態度が変わって様子がおかしくなったの」「どんな風に態度が変わったの?」「笑顔もなくなって接し方も事務的な感じといえばいいのかしら、それになんだか暗いのよ。何か殻に閉じこもってる感じもするわ」「うーん・・・何か悩み事でもあるのかな?」「アタシもそう思って何か仕事で不満や悩み事がないか聞いてみたんだけど、彼女は『大丈夫です。不満も悩み事もありません』って答えるだけなのよ」「仲良くしてた上村君に対してもそんな感じになったのかな?」「そうね・・・最近は二人が仲良く話してるところみないわ」「あーだから心配してチラチラ見てるのか」「上村君がチラチラみてたのはもっと前からだったけど、確かに最近は何か心配そうに彼女を見てる感じがするわ」「それで藍原さんは新垣さんの態度の急変が気になるってこと?」「そうなの。アタシも新垣さんとは仕事のやりとりしないといけないし、どうしてあんなに態度が急変したのか理由も知りたいのよ」「なるほど・・・態度急変の理由かぁ・・・その様子だと本人から簡単に聞けそうにないね?」「アタシはとりあえず様子見してるだけなんだけど、そうなった訳を聞く方法がないかなって思ってるの」「方法か・・それは難しいね・・・」「あなたならこういう時どうする?」「俺だったらか・・・う~ん・・・新垣さんと話したことないからなんとも答えようがないかも」「そうよね。話したことない相手のことなんてわからないわよね」「新垣さんがどんな感じなのかわかれば、何か考えられるかもしれないけどね」私は話したこともない人なのでお手上げ状態だった。藍原夏美は少し考え込んでいて沈黙状態が続いた。そして何かが思いついたかのように話を切り出した。「そういえば今度の親睦会の時に、あなたと新垣さんの席が隣になるようにセッティングするわ!」「そこで俺が新垣さんと話してみるってこと?」「そういうことよ。そこで観察してほしいの。あなたなら何か感じてくれるはずだと思うわ」「いや、期待されても困るけど、そういうことなら話してみるよ」「うん。お願いね」この会社は藍原夏美主催で年に数回親睦会が行われる。参加自由なのだが、新入社員には早く交流を深めるためにも出来る限り参加してほしいということらしい。それにしても新垣さんとはどういう人なんだろうか。

■ 親睦会
金曜日、親睦会当日となった。会社の親睦会といっても私からしてみればただの飲み会のようにしか思えないのだが、交流を深めるという意味では妥当なところだろう。去年に入社した社員全員と数名が参加した。既に席は予約されており、藍原夏美は参加者全員に座席表を配った。私の席は右側の一番奥で、その左側の席が新垣と記されていた。一番奥にしたのは私が一番端っこの席が好きなことを知っていた藍原夏美の気遣いもあったのだろう。ところで新垣志穂は上村直也と同じ専門学校を卒業して去年に入社したデザイナー。クセのあるセミロングにポニーテル、背丈は155cmほどで、顔は小さな感じで、目は大きくとも小さくともなく細身の女性という感じだった。店に入り席につくと、ピンク色のコートを脱いで黒のスーツ姿になった新垣志穂が私の隣に座った。藍原夏美が乾杯の音頭をとり、参加者がざわざわと話しはじめた。私の斜め前に座っていた上村直也が新垣志穂に話しかけているが、ほとんど相槌ばかりで会話が成り立っていないように思えた。私はタイミングを見計らって新垣志穂に声をかけてみた。「新垣さんだよね?話するのははじめてだね。俺の顔は知ってるかな?」「知っています。藍原さんの席によく行ってる人ですよね?」そんなところまで見られていたのか!「うん!新垣さんは情報系の専門学校だったみたいだけど、専攻はデザイン系だったの?」「はい。デザイン系です」「うちの会社に入って仕事はどう?デザインとかもしてるの?」「仕事は色々できて楽しいです。デザインもしています」「それならいいんだけど、仕事キツかったりしない?」「全然大丈夫です」「そういえば上村君と同じ専門学校だったんだよね?学生時代から知り合いだったの?」「授業で同じになることがあったので知り合いでした」「そうなんだ。たまたま同じ会社に入社したって感じかな?」「そうですね。募集要項がシステムエンジニアとデザイナーでしたので、たまたま同じ会社を受けました」「仕事は楽しいって言ってるけど、不満とか悩みとかはない?」「特にありません」これは話が続かない。私だけが質問をして、それに対して受け答えてるだけで、まるで機械と話してるようだ。もう少し深いところまで話を聞いてみようと思ったが、これ以上話を続けると逆に嫌がられるかもしれない。「まあ、俺こんな性格だけど、もし相談事とかあったらいつでも言ってね。話くらいは聞くから」「わかりました。ありがとうございます」これで新垣志穂とは話を終わらせておいた。次第に周りが席を移動していた。ちょうど藍原夏美の隣の席が空いていたので私はそこへ移動した。
藍原夏美と少し小声で話をする。「さっき新垣さんと話してみたけど、あれはちょっと大変かも」「大変って?」「彼女は感情というものをまるで見せない。完全に心閉ざしてるよ」「やっぱりそうなのね。他に何か感じたことはある?」「暗いというより、自分の中で何か思い詰めてるって感じがした」「思い詰めてるのね」「悩みとか不満とかそういうことではなさそうだよ」「わかったわ。このことはまた今度、ゆっくり話しましょう」その後、チラチラと新垣志穂を見ていたが、楽しそうにしている様子ではなく、この親睦会に参加しているのも業務の一つであるかのような感じだった。私にはそんな新垣志穂が笑顔で社内の人達に明るく振舞っている姿なんて想像もつかなかった。
親睦会が終わり、店の前で解散となった。参加者はほとんどがさっさと駅に向かって帰っていく。私は帰り際に藍原夏美のところへ行き「明日は?」と聞いた。すると「明日は出勤日だから明後日ね」と言った。これは私と藍原夏美の二人で会う合言葉になっていた。つまり、明後日、私が藍原夏美の家に行くということなのだ。
私は帰りの電車の中で新垣志穂のことについて考えていた。あの受け答え方は本当に事務的で人間らしさがない。彼女は何か自分に対して思い詰めてるかもしれない。それだったら何を思い詰めてるのだろうか?会社の人間関係?藍原夏美が苦手なら他の人に対してもあの接し方はしないはず。心を完全に閉ざしているようにしかみえないが、何か衝撃的なことでもあったのか?しかし悩み事をしている表情でもない。そういえば仲良くしていたという上村直也。彼は何か知っているのだろうか?とにかく今はわからないことだらけだ。

■ 作戦考慮
日曜日、私は藍原夏美の部屋に行った。今回も新垣志穂についての話題となった。「あれは悩み事や不満を抱えてる表情ではないよ」「そうね。大きな壁を作ってるか、殻にとじこもってるか、そんな感じがするわよね」「そう、つまり心を閉ざしてるんだよ。それに何か思い詰めている感じもする」「だとすると、何を思い詰めてるのかしらね」「おそらくだけど、自分自身のことじゃないかな。だから誰にも相談できないし、人に話しても無駄って思ってるのかもしれない」「アタシ達に何かできることってないのかしら?」「うーん少し考えてみるよ。あと少し話がそれるけど上村君って新垣さんに何かしらの感情を持ってるとは思ったよ」「そうでしょ!アタシは気があるんじゃないかと思ってるの」「それも含めて、一度、上村君から話を聞いてみるよ」「わかったわ」
次の日、出勤した私は上村直也の席に行った。「上村君、今日は二人で昼食にいかない?」「突然どうしたんですか?」「たまにはシステム関係者同士で話をするのもいいかなって思ったんだけどどうかな?」「わかりました。いいですよ」「じゃあ呼びに行くから待っててね」「了解です」その日の昼食は上村直也と二人で行くことになった。
昼食をとる場所はランチメニュー豊富で話しやすい喫茶店にした。最初はシステム関係の話からはじめていった。そして会話が途切れたところでさりげなく新垣志穂の話を切り出した。「そういえばこの前、新垣さんと話してみたんだけど、なんか人と話するのが苦手のかな?」「そんなことないと思いますよ」「そうかな?なんか話してて壁を作られてる気がしたんだけどね」「そう思いましたか・・・でも、以前の新垣さんはそんな感じではなかったんです。もっと明るく元気で誰とでも友好的に話をする人だったんです」「そうだったんだ。それが変わってしまったってこと?」「そうですね、去年の秋くらいからなんだか別人になったみたいになりました。僕、ずっと心配してるんですが、聞いても『何も悩んでいないから大丈夫』としか言わないんです」「それは心配だね。上村君に対しても壁を作ってる感じ?」「そうなんですよ。だから僕もう心配で心配でたまらないんです」「そんなに心配してるのはどうして?」「え?それは・・・」「あ、それはいいや、ごめんね、変なこと聞いて」「いえいえ」「まあ、上村君、俺でよかったら相談に乗るから、何かあったら言ってきてね」「わかりました!ありがとうございます」
上村直也の気持ちはわかった。さすがは藍原夏美だと思ったが、彼はかなりわかりやすい性格のようだ。しかし今問題なのは新垣志穂が急変したことについて、どう明らかにしていくかだ。
その日の夜、家に帰ってベッドに横たわった私は考えた。新垣志穂が心を閉ざしている理由と思い詰めていること。これは攻略法を考えてどうにかできる問題ではない。あくまで本人の口から言ってもらわないといけない。しかし、これまで仲良くしていた上村直也がそれを問いかけても彼女は答えない。あの感情を現さない話し方も気になる。彼女も人間なので感情はあるはずだ。感情を抑えているのか?そうだったとすれば精神的に我慢していることになる。我慢が限界に達した時、おそらく彼女は壊れるだろう。最悪、精神的な病にかかり退職してしまう。そうなる前に彼女の感情のスイッチを入れないといけない。そのために必要なのは何だろう?こちらがどう接しても無感情の受け答えしかしないが、彼女も人間であれば、人の優しさや温かさを感じ取るはず。それを積み重ねていくことで新垣志穂の味方になれる存在になればいいのだ。その味方になれる存在は、会社内で私を含めて、藍原夏美と上村直也の3人だ。あとは新垣志穂が感情的になれる環境を作ればいい。新垣志穂の味方になり素直な感情を出せる環境作りをする。場所は静かな個室の居酒屋あたりでいいかもしれない。よし!方法は決まった!あとは上村君と新垣さんをどう持っていくかだが、これはその環境さえ作ってしまえば意外と簡単かもしれない。しかも同時進行でいけそうだ。
私は考えがまとまったところで、早速藍原夏美に電話をかけて考えだした方法を伝えた。「なるほど、味方になって感情的になれる環境作りね」「そう。今後はどんな接し方されてもいいから、新垣さんには優しくいたわっていくようにしていこう」「わかったわ。アタシも意識しながら接していくわ」「それと重要なのは、悩み事や不満があるかとか聞かないようにすることだね。それを聞くと反発してしまうから」「たしかにそうね。そこは気を付けるようにするわ」「内密に上村君にも協力してもらうので、最後は四人で集まって決着つけるって感じにしよう。あともう一つの問題は同時進行ってことにするよ」「もう一つの問題?・・・あーなるほど二人のことね?」「そうそう、一石二鳥って感じだよ」「それにしても、あなた、そんな方法まで考え出したのね」「まあ、愛する人の相談だからね・・・あはは」「愛する人の相談ね・・・ふふふ」藍原夏美は私の考えていることをすぐに理解してくれるので説明は簡単だった。

■ 環境構築
次の日、私は上村直也をサーバー室に呼び出した。「これは内密にしてほしいんだけど、新垣さんのこと気になってある方法を考えてみたんだよ」「ある方法ですか?」私は新垣志穂の味方になる存在になる方法を話した。悩み事や不満があるということは聞かないようにすることも強く伝えた。「なるほど、そういうことなんですね」「社内で味方になれそうなのは、俺と上村君、そして藍原さんの3人しか思いつかないけど、それだけいれば十分だと思う」「そうですね。でも本当に味方になれますかね?」「新垣さんだって人間だから大丈夫だと思う。それにこのままだと、上村君も後々やりにくいでしょ?」「やりにくいって何がですか?」「あーそれはいいや!気にしないで!」「はい、わかりました」
それから私も新垣志穂と顔を会わせると、挨拶するようにして時には『仕事、大変そうだけど大丈夫?』、『しんどそうだけど体調悪かったりしない?』などといたわりの言葉を言うようにしていった。藍原夏美も上村直也も悩み事や不満は聞かずに、優しくしたり気遣ったりしていった。しかし簡単に新垣志穂の態度は変化しない。それでもあきらめずにみんな続けていった。お節介と思われようが、いい人ぶってるとか思われているかもしれないが、こういうことを積み重ねていくことがまずは重要と考えていた。
ある日、いつものように私が挨拶すると今まで無表情だった新垣志穂の表情が少し穏やかに感じた。一瞬の出来事だったが、少し変化がでてきたのかもしれない。藍原夏美からも「新垣さん、一瞬だけどにっこりしたのよ」と聞いた。そしてサーバー室では上村直也から「新垣さんから『ありがとう』って言われたんです」と聞いた。新垣志穂に変化が現れたが、まだ油断はできないのでもう少し続けていくようにした。小さな光が見えてきた。もうすこしなのだ。
休日、私は藍原夏美の部屋に行った。「そろそろじゃないかしら」「そうだね」「新垣さんはもうアタシ達を特別に思っているはずよ」「あとは感情をむき出しにできる環境の準備だね」「それなんだけど、アタシいいお店知ってるの。個室で四人部屋で予約すればどうかしら」「じゃあ、それは任せるよ。あとはどう話を切り出すかだけど・・・」「それもアタシにいい案があるわ」藍原夏美の案を聞いて、私も少し驚いた。「さすが藍原さん、それはいい案だよ!それでいこう」「アタシも少し感情的になるかもよ?」「いいんじゃない?みんな感情的になればいいんだよ」「そうね。それでもう一つのほうはどうするつもり?」「同時進行してきたわけだから、この際、もうそこでハッキリさせてもいいかもね」「上村君、素直に言うかしら?」「そこは俺が誘導尋問すればいいんじゃない?」「あーなるほどね!その手があったわね」「さすが俺が愛する人だね。察しがいい!」「あなたとずっと話してきてるのよ。そのくらいもうわかるわよ」藍原夏美が隣にきて寄り添ってきた。私もそっと肩を抱いた。「うまくいくといいわね」「ああ、絶対うまくやってやるよ」
月曜日、出勤した私は上村直也をサーバー室に呼んだ。「今度の金曜日だけど、新垣さんの本音を聞き出そうと思う。予定は空いてる?」「ついにですか?予定は大丈夫ですが、素直に言ってくれますかね?」「本音を聞き出すことは、新垣さんには内緒にしててね」「はい、それはもちろん」「あと、新垣さんが本音を言った後、上村君が新垣さんに対してどういう想いだったかハッキリ伝えてほしいんだよ」「どういう想いって、どういうことですか?」「すごく心配してたんだよね?」「はい、それはすごく心配でしたよ」「それをハッキリ伝えればいいんだよ」「はい、それなら伝えますよ」「あともう一つ、俺と男の約束をしてほしい」「男の約束ですか?」「素直に答えること」「はあ・・・素直に答えるですね・・・よく意味はわかりませんが素直に答えますよ」「これは絶対約束だからね」「わかりました」
藍原夏美も新垣志穂を金曜日に誘うことができたと聞いた。これで全ての準備は整った。環境も用意できた。あとは本番で実行するのみとなった。うまくいくか不安はあったが、新垣志穂は確実に変化しているので、もう心残りはなかった。

■ 本音と感情
金曜日になり、会社近くの居酒屋前に四人が集まった。予約していたのは静かな個室で周りも騒がしくない。さすが藍原夏美はこの付近のことに詳しい。ドリンクと適当な食べ物を注文して藍原夏美が話を切り出した。「今日はこの四人で、会社の悪口大会をしましょう。一人ずつ悪口を言っていくこと。まずはあなたからよ」私から悪口を言いはじめた。「俺は、正直、会社のほとんどの人間が嫌いというかどうでもいい存在かな」それを聞いた上村直也と新垣志穂は驚いた顔をしていた。上村直也が「そんなこと言ってもいいんですか?」と聞いてきたので「ああ、だって俺の本心だもん。あんな連中が好きと言うやつはどこかおかしいと思うよ」と答えた。次に藍原夏美が「あの専務、暴力的だし、女性社員にはセクハラめいたこというから、気持ち悪いのよ」と言った。上村直也と新垣志穂はまた驚いた表情をした。そして上村直也の番になった。「あの、僕は、なんか会社の雰囲気というかみんな冷たい人だって感じています」と言った。藍原夏美は「じゃあ次、新垣さんの番だよ」と言った。しかし新垣志穂は黙ったままで何も言わない。沈黙が続く中、突然上村直也が「新垣、もう本音いっちゃえよ!思ってることあるんだろ?」と少し大きな声で言った。私は「上村君、ちょっとストップ!」といって落ち着かせた。そして私は「新垣さん、もう我慢しなくてもいいんだよ。ここにいるのは全員味方だから、本音を言ってくれていいんだよ」と言った。すると新垣志穂は口を開きだした。
「ワ、ワタシ・・・ワタシは、もう嫌なんです・・・」「何が嫌なの?話してくれるかな?」新垣志穂は少し涙を浮かべながら言った。「あ、あの会社の人達って何なんですか?まるで機械のような人ばかりじゃないですか・・・ワタシが楽しく話しても無表情で事務的で、人間らしさがないじゃないですか。ワタシは社会にでたばかりなのでわかりませんが、会社って無感情な人の集まりなんだなって思ったんです。みんなシステム化されて、言われた通りに動くロボット、それが会社ってところなんだって思いました。そんな会社の中で生きていくにはワタシもその一部にならないといけないんだと思いました。そう思ってやっていこうとしました。ワタシの感情なんて会社の中では何にもならない。だからワタシは自分の感情なんて捨てることにしました。ワタシはシステム化された一部の部品になったんだと思い込みました。会社の誰と話をしても事務的に話すようにしました。みんな、そうしていくことで会社が上手くまわるんだろうって思いました。でも、感情を捨てて話すって限界があるんですね。ワタシは今の自分が嫌いです。こんなのワタシじゃないって何度も思いましたし、今もそう思います」ついに新垣志穂が本音を話してくれた。私も藍原夏美も共感できる部分はたくさんあった。藍原夏美は「そんなに思い詰めてたのね。それは苦しかったでしょ?たしかにうちの会社は機械のような人達ばかりだわ。でもね、そうじゃない人もいるのよ」と優しくいった。新垣志穂は「それは藍原さん達を見ていて気付きました」と呟いた。そして私が発言した。「ちょっと口が悪いけど、機械化された頭の悪い連中に新垣さんが振り回されなくてもいいんだよ。正直言って、そんなバカな連中のために感情を捨てたり自分らしさを捨てる必要なんてないよ。逆にそんな連中は適当に扱っていればいいんだよ。新垣さんは自分らしくいればいいんだよ。他の連中なんて関係ないよ。俺だって、藍原さんだって自分を貫き通しているんだよ。もう無理しないで素直な自分でいるのが一番だよ」新垣志穂は涙を流しながら頷き「わかりました」と言った。
しばらく沈黙が続いた。新垣志穂はまだ涙を流していた。藍原夏美はハンカチを取り出し、そっと新垣志穂に渡した。「それにしても新入社員にここまで思い詰めさせる社内の雰囲気って問題よね。それとなく社長に相談してみるわ」と藍原夏美は呟いた。そして私はもう一つほうを実行させることにした。「上村君、新垣さんに伝えておかないといけないことあるよね?」「あ、そうですね」ついにもう一つのことに決着をつけることになる。

■ 誘導告白と結末
上村直也は口を開いた。「新垣、お前の態度が秋ごろから変わっていって、まるで別人のようになっていった時、僕はどうしようって悩んでた。同じ専門学校で同じ会社に入社して、あれほど明るく笑顔だった新垣がおかしくなったと思った。僕は、本当に心配で心配でたまらなかった。だから何度も何度も話しかけたけど、新垣の態度はいつも冷たい感じがしてた。でも僕は、それでも諦めたくなかった。元の新垣に戻ってほしかった。そして今日、新垣の話をきいてすごく思い詰めてたんだなって思った。苦しんでたんだなって思った。やっと本音を言ってくれてほっとした。僕は前の新垣に戻ってほしい。また一緒に楽しく話がしたいって思う。新垣はもう一人じゃないんだ。ここにいる3人とも新垣の味方なんだ。お二人とも仲間といってもいいですよね?だから、新垣、もう無理するな。新垣はありのままの自分でいてほしい」上村直也の話を聞いた新垣志穂はこくりと頷いた。藍原夏美が私の耳元で小さな声で「ここからはあなたの出番でしょ」といった。私はこっそり「この強者、挑発しやがって」と言い返した。さて、ここからは私が誘導をはじめていく番だと思った。
私は「上村君、新垣さんのことそこまで心配して想っていたんだね」といった。上村直也は「はい、だって同期ですから」と答えた。私は誘導尋問をしていった。「どうしてそこまで新垣さんのことを気にかけるのかな?」「それは同じ専門学校で一緒の会社に入った仲間ですから」「それにしても、ずいぶん心配してたようだけど、具体的に何が心配だったの?」「それは新垣がまるで別人になったようで何かあったんじゃないかって思ったからです」「そうなんだ。たまらなくって言ってたけど、どのくらい心配だった?」「どのくらいってわかりませんけど、本当にすごく心配してましたよ」「すごく心配ね。どうしてそこまで心配になったのかな?」「それは仲良くしてた仲間だったので・・・」「仲良くしてた仲間だったからね。上村君にとって仲間ってどういう存在?新垣さんってどういう存在?」「それはその・・・友達というか・・・同士というか・・・」「友達や同士ね。友達だとして、どうしてあんなに必死だったの?」「それは・・・あの・・・」「俺には普通の感情だけには見えなかったけどね。もっと大きな感情があったから必死になれたんじゃないかなって思うんだけど、それはどう思う?」「どうって言われましても・・・」「上村君、男同士の約束忘れてないよね?」「そ、それは忘れてないですが・・・でも・・・」「でも何?」「ぼ、僕は・・・これ以上はわかりません」「本当はわかってるでしょ?約束は素直に答えることだったよね?」「・・・ここで言うんですか?」「素直に言うべきだよね?」「わかりました・・・あの、僕・・・新垣さんのことが好きなんです」やっと自分の想いを伝えた上村直也。それを聞いた新垣志穂は顔を赤くしていた。しばらく沈黙が続いた後、藍原夏美は「お二人どうするのかしら?」と問いかけた。新垣志穂は「今の状態ではハッキリした答えは出せません」ということで保留状態になった。
今回のことで二つのことを同時進行で解決させたといってもいいだろう。その後、新垣志穂は会社内でも以前のように明るく元気に振舞うようになっていた。それから一週間ほど過ぎたある日、上村直也から「新垣さんと付き合うことになりました」と報告を受けた。二人は結ばれたのだ。
休日、私はいつものように藍原夏美の部屋に行った。「二つのことを同時進行させて成功させるなんて見事だったわ」「いや、俺にも不安はあったよ。今回は攻略というよりどう持っていくか考えるのに苦労したよ」「あなたの誘導尋問も見事だったわ。刑事にでもなればよかったんじゃない?」「俺が取調官にでもなればってことか。俺は人を疑って生きるようなことはしたくないよ」「それもそうね・・・あなた、考えれば何でもできるんじゃないかしら?」「そんなことはないよ!今回は藍原さんの知恵と情報があってこそできたんだよ」「そう言ってもらえると有難いわ」今回は別の意味で難しい問題だったが、見事に解決することができた。そして、この会話の後、私は藍原夏美と恋人同士がするようなことをしながら、お互いに愛を誓い合った。