内面と外見

このストーリーは80%くらい実話ですが、登場人物名などは仮名(架空)であり、実在のものとは関係ありません。

私が18歳になる9月、まだ蒸し暑さだけが残っていた頃のこと。私は車の免許を取るために、自動車教習所へ通っていた。私の家から教習所までは少し遠かったのだが、私が組んでいたバンドのボーカル担当の東原基樹の家から近かった。基樹の家族と仲良くさせてもらっていたこともあり、免許を取得するまでは下宿という形にさせてもらっていた。

内面と外見

ある日、暇ができたので私と基樹の友達だった西野正浩とその街の市街地に足を運んだ。その時、弾き語りをしていたアマチュアアーティストの演奏を聴いていたのだが、正面にいた二人組の女の子と何度か目が合っていた。あまりにもその二人の女の子と目が合うので、正浩が「こういう音楽好きなの?」と自然な感じで声をかけた。すると二人組の女の子は音楽が好きらしく、その後の会話は弾んでいった。私はビジュアル系のバンドをしていたので、その話をすると「興味があります」という。二人の女性は私より二つ年下、一人は美形でスリムな樫山泰子、もう一人は真面目そうな野上花枝だった。話が弾み、どこかでゆっくり話そうということになったので正浩と私は二人を基樹の家へ連れていった。そして、私は置いてあったギターを二人の前で弾いてみせた。花枝は「すごい」、「ギター弾ける人って憧れます」などと私を褒めた。すると泰子も少し弾けるというので、私はギターを渡して「弾いてみて」と言った。泰子が弾いたギターは初心者ぽい感じではあったが、私が好きな感じのメロディーだったので嬉しい感じがした。私は「そういうフレーズ好きだよ」と言うと泰子は「私もです」と答えた。その後、私は泰子とギターの話で盛り上がった。夕方になり二人は帰らないといけないとのことだったので、私は電話番号の交換をしてその日は終わった。

正浩は声をかけたもののその後の二人には興味がなかったようだが、私は毎晩のように泰子と電話をして話していた。泰子と話していると楽しい。私のタイプというわけではないが、話していくうちにどんどん泰子に惹かれていった。そんなことが続いていた10月上旬、花枝から突然電話がかかってきた。花枝は私にずっと憧れていたので二人で逢って話をしないかという。それを聞いた私は即座に「気になっている人がいるからできない」と答えた。すると花枝は「それは仕方がない」と残念そうに答えた。それで電話が終わると思っていると、なんと今隣に泰子がいるから代わるという。泰子が電話に出ると、私は気になる人がいるのは本当なのかと聞かれた。私は嘘を言ってるわけでもなく本当のことだと答えると、泰子は「気になる人がいるなら私(泰子)とも電話はあまりしないほうがいいですよね?」と言ってきた。私はそれを聞いて非常に困ったことになったと思った。私の気になっている人は泰子のことだったが、まさかその友達から憧れているなどと言われるとは思いもせず、こんな形になってしまったからだ。焦った私は「そんなことはない、気になる人はあなただから」と言ってしまった。泰子は「え?」といって少し黙り込んでしまった。続いて私は「気になる人だから電話しないほうがいいとか言わないでほしい」といった。私は自分自身が何を言ってるのかわかってなかった。泰子は「気になる人って私のことなんですね?」と聞いてきたので、私は「そうだよ」と答えた。泰子も焦ったのか「わからないから考えさせて下さい」と言った。それでこの電話は終わったが、何の計画性もない突然の告白になってしまった。

その夜、なんと泰子から電話がかかってきた・・・

泰子は花枝がいたからあまり話せなかったという。私も突然の告白をしてしまうことになって自分でもわからないということを伝えると、泰子は「付き合ってもいいですよ」と言ったのだ。しかし、花枝のことはいいのか聞いてみると、どうにも熱しやすく冷めやすいタイプらしく、ちゃんと花枝とも話をつけたというのだ。それ以来、私と泰子の恋愛の幕が開いた。毎晩のように電話して話したり、何度も自動車学校の帰りに二人で逢ったりしていた。私と泰子の関係は意外にも喧嘩することもなかった。私はこの2年間(16、17歳)、恋愛や彼女を作るということはしなかった。女の子に対して屈折していた私は、いろんな女の子に手を出したりして遊んでいるほうが楽しかった。しかし、今は泰子と付き合っていて楽しいのだ。それから11月に入り私は車の免許を取得することができた。

11月中旬・・・

泰子との関係が続いて1ヶ月半が過ぎた頃、私の妹が数人の友達を家に連れてきた。妹は高校に入学してから、友達を家に連れてきくるのが初めてだった。その妹の友達の中に、山本芽美という目がパッチリしていてポニーテールの可愛い女の子がいた。まさに芽美は私好みのタイプで一目惚れしてしまったのだ。しかし、私には泰子という彼女がいる。一目惚れをしたからといって泰子と別れたりすることなど考えてもいなかった。しかし12月に入ったある日、妹が再び芽美を含む数名の友達を連れてきたのだ。その日、私は芽美とあることがきっかけで二人で話をすることになった。自分のことを話す芽美の話を真剣に聴いていたが、芽美を見ているだけで幸せな感じがしていた。そして私は「電話でも話を聞くから」といって芽美の電話番号を聞き出すことができた。それからのこと、ついに泰子との関係に亀裂が生じた。私はそれから芽美にばかり電話をしていた。もう芽美のことばかり考えていて、泰子の事が頭の中から消えていたのだ。いつもなら毎晩のように電話していたのに、最近は少なくなったと泰子が淋しいと言っていたのを覚えている。その後、泰子と逢うこともなく電話もしなくなっていった。

そんな年のクリスマスが訪れた。私の家では妹と芽美を含めた友達がクリスマスパーティーを開くということになった。私は泰子とクリスマスに逢おうと約束していたが「仕事で逢えなくなった」と偽ったのだ。それから数日後、泰子の友達から電話がかかってきて「泰子のことが本当に好きなのか」、「付き合って行く気はあるのか」など質問された。そういう質問に対しても私はごまかしたのだが、年末に泰子から電話がきた。

「もう終わりにしよ。さようなら」

泰子からこの一言で電話を切られた。私はちょっと淋しい感じもしたけど、内心はよかった気がした。芽美を誘えないのは泰子という存在が大きかったことにあったからだ。これで自由になった気分でいた。しかしこれが後に大きな後悔となることは知らずに・・・

年が明けた2週間後・・・

私は初めて自分で買った車が届いた。早速、芽美に電話をしてドライブに誘った。芽美と話していて気が合わないことはなかったのもあったが、とにかく芽美と一緒にいれるだけで嬉しかったのだ。ドライブに行ってから1週間後、私は芽美に告白して付き合うことになった。私の最高といえるくらいタイプであった芽美を彼女にすることができた。それはまるでアイドルスターと付き合っている気分になっていたと思う。それから芽美とは毎晩のように電話をしたり、毎週どこかにドライブに行ったりデートする日々が続いた。憧れのアイドルスターと一緒いる感覚は、芽美の内面が見えていなかったという大きな落とし穴があったことに気づかずに幸せな日々が続く。

ところが・・・

芽美と付き合って3ヶ月ほどした4月の末、突然、芽美と音信不通になった。電話をかけても居ない、寝ています等、とにかく連絡がとれない。音信不通が1週間ほど続いた時、芽美の友達であった堀川沙耶が芽美に連絡をとって密かに事情を聞き出していた。それによると、やはり居留守を使って、私と距離を置いていたらしい。そしてその理由として以下のようなことであった。

①最初からそんなに好きじゃなかった
②暇だったから付き合ってみたけど、もう面倒くさい
③最近、気になる人ができた。その人は別れるのを待ってくれている
④別れ話をしてくれるのを待っている
⑤逢わないで話もしないで別れる方法を考えてる

沙耶は正直にこれらを私に伝えた。芽美の本心を知った私は言葉にできず、ショックで悲しい気持ちになった。私自身が芽美の性格を美化していた部分も確かにあったのだが、これだと付き合った意味すらわからなくなった。この芽美の本心は妹にも伝わることになり、芽美は周りから嫌われるようになっていくのだが、芽美本人は待ってくれている人がいることもあって淋しくもなく平気な感じであった。私はもう終わりだと思い、芽美に電話をして別れを告げた。

芽美の本心はかなりのものであったのだが、私はふと気づかされる。芽美が私にしたことは、私が泰子に対してしたことと変わりないのである。私は芽美を外見で選び、内面で選んだ泰子を裏切った。しかし、今度は私が芽美に裏切られた。芽美の内面は私の中で理想のものに膨らんでいたが、現実は全く違っていた。こうなったのは自業自得であったと今でも思う。芽美と別れて1ヶ月ほどして、もう未練もなくなっていた頃に私は泰子の事をずっと思い出していた。あの楽しかった想い出はもうもとに戻らないと後悔していたのだ。それ以後、私は人を外見で絶対に判断しないようになった。外見とは自分の理想や妄想を作り出す恐ろしいものとなることがあるからだ。